》の外に電光がしきりに閃めくと、窓の前の桜がスッカリ青葉になっているのが見える。その電光の前に覆面の生蕃小僧が現われコツコツと窓|硝子《ガラス》をたたく。
 轟氏が立って行って開けてやると両足を棒のように巻いた生蕃小僧が、手袋を穿めた片手にピストルを持って這入って来る。
「ハハハ。よく約束を守ったな」
 轟氏は用意の小切手を生蕃小僧に与える。
「この次は真昼間、玄関から堂々と這入って来い。夜は却《かえ》って迷惑だ」
「卑怯な事をするんじゃあんめえな」
「俺も轟九蔵だ。貴様はモウ暫く放し飼いにしとく必要があるんだ。今日は特別だが、これから毎月五百円|宛《ずつ》呉れてやる。些くとも二三年は大丈夫と思え」
「そうしていつになったら俺を片付けようというんだな」
「それはまだわからん。貴様の頭から石油をブッ掛けて、火を放《つ》けて、狂い死《じに》させる設備がチャントこの家の地下室に出来かけているんだ。俺の新発明の見世物だがね……グラン・ギニョールの上手を行く興行だ。その第一回の開業式に貴様を使ってやるつもりだが……」
「そいつは有り難い思い付きだね。しかし断っておくが、俺はいつでも真打《しんうち》だよ。前座は貴様か、貴様の娘でなくちゃ御免蒙るよ」
「それもよかろう。しかしまだ見物人が居らん。一人頭千円以上取れる会員が、少くとも二三十人は集まらなくちゃ、今まで貴様にかけた経費の算盤《そろばん》が取れんからな。とにかく油断するなよ」
「ハハハ。それはこっちから云う文句だ。貴様が金を持っている限り、俺は貴様を生かしておく必要があるんだ。俺はまだ自分の弗箱《ドルばこ》に手を挟まれる程、耄碌《もうろく》しちゃいねえんだからな……ハハンだ」
「文句を云わずにサッサと帰れ。俺は睡いんだ」
 轟氏、生蕃小僧が出て行った窓をピッタリと閉め、床の上の足跡を見まわし、葉巻に火を付けながら何か考え考え歩きまわっている中《うち》に、微かな電鈴の音を聞き付け、
「ハテナ。電話かな」
 とつぶやきながら廊下へ出て行く。入れ代って大きな白い手柄の丸髷に翡翠《ひすい》の簪《かんざし》、赤い長襦袢、黒っぽい薄物の振袖、銀糸ずくめの丸帯、白足袋《しろたび》、フェルト草履《ぞうり》という異妖な姿の呉羽が、左手の扉《ドア》から登場し、奇怪な足跡に眼を附け、一つ一つに窓際まで見送って引返し、机の上の小切手帳を覗き込んで
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