方や聞こえ方が、普通の人間と丸で違ってしもうた。悪魔のする事が好きで好きで叶《かな》わん性格になってしもうた。ハハハ。怖がらんでもええぞ美鳥……お前たち兄妹《きょうだい》に対しては俺はチットモ悪魔じゃない。平凡な平凡な涙もろい人間だ……その平凡な平凡な人間に時々立帰ってホッと一息したいために、お前達を養っているのだ……イヤ詰まらん事を云うた。それじゃ又、晩に来なさい。夕飯の準備が出来たら女中を迎えに遣るから……」
「おじさま……さようなら……」
「先生……さようなら……」
「ああ。さようなら……」
 二人が退場すると轟氏|呼鈴《よびりん》を押し、這入って来た女中に三枝を呼んで来るように命じ、そのまま寝椅子に長くなる。
 大きな桃割《ももわれ》。真赤な振袖。金糸ずくめの帯を立矢《たてや》の字に結んだ呉羽がイソイソと登場する。
「あら……お父様。お呼びになったの」
「……うむ。こっちへお出で……」
「……嬉しい。又、どこかのお芝居へ連れてって下さるの」
 と呉羽嬢が甘たれかかるのを抱きあげて身を起した轟氏は立上って、入口の扉《ドア》に鍵を卸《おろ》し、窓のカアテンを閉《とざ》して異様に笑いながら寝椅子に帰り、呉羽の身体《からだ》を抱き上げる。
「きょうは、私の方からお前にお願いがあるんだよ」
 と少し真面目に帰りながら、二人の身の上話を初め、前の幕の通りの事を簡略に物語り、二人が真実の親子でない事を明らかにする。
 その一言一句に肩をすぼめ、眼を閉じて魘《おび》えながらも、不思議なほど冷然と聞いていた呉羽は、やがて冷やかな黒い瞳をあげて微笑する。
「それで妾にお願いって仰言るのはドンナ事なの……」
 轟氏は忽ちハラハラと涙を流し、熱誠を籠めた態度で、呉羽の両手を握る。
「……オ……俺は、お前を一人前に育て上げてから、両親の讐仇《かたき》を討たせようと思って、そればっかりを楽しみの一本槍にして、今日まで生きて来たんだ」
「……まあ……そんな事……どうでもよくってよ。今までの通りに可愛がって下されば、あたしはそれでいいのよ」
「……ウウ……そ……それは……その通りだ。……と……ところがこの頃になって……俺は……俺に魔がさして来たんだ。もちろん最初の目的は決して……決して忘れやしない。必ず……必ず貫徹させて見せる。生蕃小僧は、お前の一生涯の讐敵《かたき》だから、この間お前が頼
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