より先にこの宿に泊っている人でこの宿屋は一パイなのです」
「この野郎、嘘を吐《つ》くか」
 とその人々は騒ぎ立ちました。
「貴様はうるさいものだからそんなことを云うのだ。泊めないと云うなら、表を押破って這入るぞ」
 といううちに、われもわれもと番頭を押しのけてドンドン中へ這入って来ました。
 これを聞くと豚吉はふるえながら、
「どうしよう」
 といいます。ヒョロ子も何ともしようがないので、互に顔を見合わせておりますと、そのうちに下からドカドカと大勢の人が上がって来るようです。
「どこだどこだ」
「下の方には居ないようだ」
「二階だ二階だ」
 といううちに、五六人ドカドカと二階の梯子段を飛び上って来る音をききますと、ヒョロ子は慌てて豚吉の方へ背中を向けて、
「サア、私におんぶなさい」
 と云いました。そうして、
「どうするのだ」
 と驚いている豚吉を捕えて背中に負うて、そこにあった帯で十文字にくくり付けますと、すぐに窓をあけて屋根の上に飛び出しました。
 これを見付けた往来の人々は大騒ぎを初めました。
「ヤア。屋根に出て来たぞ。しかも男が女に背負《おぶ》さっているぞ。みんな出て来い。見ろ
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