腹を立てて、手をパチパチとたたいて女中さんを呼びました。
いくらたたいても誰も来ないので、変に思って下へ降りて来ますと、大きな風呂敷包みを荷《かつ》いだ一人のお爺さんを捕まえて、みんなで、
「連れてゆけ連れてゆけ」
と責めております。そこへ二人の爺さんの中《うち》の一人が近づいて、
「お前たちは一体どうしたのだ。御飯を食べさしてくれと云うのに、いつまでも持って来ないで困るじゃないか」
と云いました。すると若い主人夫婦が出て来て、
「どうも相済みませぬ。それはこんなわけで御座います」
と、くわしく鍛冶屋の爺さんのことを話しました。
そうすると二人のお爺さんは顔を見合わせていましたが、一人のお爺さんは、
「それはもしかしたら無茶先生じゃないかしらん」
と云いました。そうするとも一人のお爺さんも、
「私もそう思う。山男のようで魔法使いのようで裸体《はだか》で、二人の若い男と女とを連れているのならば無茶先生かも知れない。そうして二人の男と女は豚吉とヒョロ子かも知れない。ちょっと、そのお前が荷《かつ》いでいる風呂敷包みの中の着物を見せてくれないか」
と申しました。
鍛冶屋のお爺さんは、着物を見せる位構わないだろうと思いまして、そこの上り口に広げて見せますと、二人のお爺さんは不思議そうに眉をひそめました。
「これは不思議だ。豚吉とヒョロ子はこんな当り前の身体《からだ》じゃない。それじゃ違うのかな」
「いや、そうでない」
と、又一人のお爺さんが頭をふって申しました。
「ねえ、鍛冶屋のお爺さん。お前さんは最前、その山男が人間を火に入れて焼いて、たたき直すように云ったが、その若い男や女もその山男がたたき直したのじゃないかい」
「そのたたき直さない前の男は豚のようで、女の方はヒョロ長くはなかったかい」
と両方から一時に尋ねました。
鍛冶屋のお爺さんは真青になってふるえ上りました。
「ド、ド、何卒《どうぞ》……ソレ、そればかりは尋ねずにおいて下さい、ワ、私が又テンカン引きになりますから」
「何、テンカン引きになる」
「それはどうしたわけだ」
「ソ、ソレも云われません」
二人の爺さんは困ってしまいました。けれども、やがて二人とも鍛冶屋の爺さんの前に手をついて申しました。
「どうぞお願いですから詳しく話して下さい。何を隠しましょう。私共二人は豚吉とヒョロ子の親で、二人が婚礼の晩に逃げた日から二人を探してあるいているものです。そうしてある町へ行って、豚吉とヒョロ子が無茶先生という魔法使いのような上手なお医者に連れられて逃げ出して、それから次の町へ行ってサンザン兵隊や何かを困らして逃げたまま、どこへ行ったかわからなくなったことをききまして、おおかた山へ逃げ込んだのだろうと思いまして、山の中を探しているうち、ある谷川の処で塩の付いた樽をいくつも見つけました。これはきっと無茶先生が、豚吉とヒョロ子を塩漬けにしてここまで持って来られて、生き返らせられたのであろうと思いましたが、それから先は山が深くてとてもわかりませんから、一先ず村へ帰ることにきめて、今帰る途中なのです。ちょうどこの町へ来ました時、私たち二人はあんまり疲れましたので、この町で一番いい料理屋に行って、一番おいしい御馳走を食べようと思ってここへ来たところに、あなたにお眼にかかったのです。ですから、どうぞ隠さずに話をして下さいまし。そうして、その二人の若い男女が私共の児《こ》であるかどうか知らして下さいまし。そのためにあなたがテンカンをお引きになるようなら、私から無茶先生に願って、どんなよいお薬でも貰って上げます」
と、手を合わせ、涙を流して頼みました。
これをきくと、料理屋の主人の若夫婦も一所になって、鍛冶屋のお爺さんにお話をするようにすすめました。
「お前さんはその無茶先生とやらにテンカンを治していただいたのだろう。そうして、このことを話すと又テンカンを引くとおどかされたのだろう。けれども、無茶先生が魔法使いでなくお医者なら、そんなことはないではないか。それから、ほかの人には話してわるいかも知れないけれども、豚吉さんとヒョロ子さんのお父様になら話した方がいいのだ。話さない方がわるいのだ。早く本当のことを云って、二人のお父さんを喜ばせてお上げなさい」
こう云われますと、鍛冶屋のお爺さんもやっと安心をしまして、さっきから自分の家で見たりきいたりしたことを詳しく話しました。
鍛冶屋のお爺さんの話をきいた豚吉とヒョロ子のお父さんは飛び上って喜びました。
「それこそ豚吉とヒョロ子だ。私たちの大切な子だ。今からすぐに行って会わねばならぬ」
と、すぐにも出かける支度をしました。それを見ると又、料理屋の若い主人も大変な勢いになって、
「サア。みんな、仕事をやめろ。お客様も何も皆追い
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