一、貴様たち三人を捕えに来たと云うが、この室中にはおれ一人しか居ないじゃないか。ほかに居るなら探して見ろ」
と睨み付けました。その時
「嘘だッ」
と雷のように怒鳴りながら大将が飛び込んで来ました。
飛び込んで来た大将は刀をふり上げながら、無茶先生をグッと睨み付けました。
「この嘘|吐《つ》きの魔法使いめ。貴様が今しがた人間を塩漬けにしていたのを、おれはちゃんと見ていたぞ。そうして、一人しか居ないなぞと胡魔化そうとしたって駄目だぞ」
「アハハハハ。見ていたか」
と無茶先生は笑いました。
「見ていたのなら仕方がない。いかにもおれは自分が助かりたいばっかりに、二人の仲間を殺して塩漬けにしてしまった。サア、捕えるなら捕えて見ろ」
「何をッ……ソレッ」
と大将が眼くばせをしますと、大将と兵隊は一時に無茶先生を眼がけて斬りかかりましたが、彼《か》の時遅くこの時早く無茶先生が投げた火鉢の灰が眼に這入りますと、大将も兵隊も忽ち眼が見えなくなって、一時に鉢合せをしてしまいました。
「これは大変」
と逃げようとしましても逃げ道がわかりません。壁や襖《ふすま》にぶつかったり、樽に躓《つまず》いたりして、転んでは起き、起きては転ぶばかりです。
「ヤアヤア。大変だ大変だ。又魔法使いの魔法にかかった。みんな来て助けてくれ助けてくれ」
と大将が叫びますと、無茶先生も一所になって、
「助けてくれ助けてくれ。みんな来いみんな来い」
と叫びます。
これを外できいた兵隊たちは、
「ソレッ」
と云うので吾れ勝ちに家《うち》の中へ駈け込んで、ドンドン二階へ上って来ましたが、みんな無茶先生から灰をふりかけられて盲になってしまいます。そうして、とうとう家中は盲の兵隊で一パイになってしまいました。
「サア、どうだ。みんな眼が見えるようになりたいなら、静かにおれの云うことをきけ」
と、その時に無茶先生が怒鳴りますと、今まで慌《あわ》て騒《さわ》いでいた兵隊たちはみんな一時にピタリと静まりました。
「いいか、みんなきけ。今から一番|鶏《どり》が鳴くまでじっと眼をつぶっていろ。そうすれば眼が見えるようになる。おれはこれから二人の塩漬けの人間を生き上らせに行くんだ。邪魔をするとおれの屁《へ》の音をきかせるぞ。おれの屁の音をきくと、耳がつぶれて一生治らないのだぞ。ヤ、ドッコイショ」
と云ううちに、二
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