婦は喜んでお礼を云いまして、そこを出て、一先ず町の宿屋へ帰りました。
豚吉とヒョロ子夫婦はその夜遅く動物の見世物小舎の前まで来ますと、もう見物人も何も居ず、音楽隊やそのほかの雇人《やといにん》も皆一人も居なくなって、表には主人がたった一人番をしておりましたが、二人を見ると、
「サアサア、こちらへお出でなさい。猪と鹿とをチャンと檻に入れておきました」
と、ニコニコして見世物小舎の中に案内しました。
ところが二人が何気なく見世物小舎に這入りますと間もなく、地の下に陥囲《おとしあな》が仕かけてありましたので、二人ともその中に落ち込んだ上に、その又|陥囲《おとしあな》の中《うち》に在った蹄係《わな》に手足を縛られて、身体《からだ》を動かすことも出来なくなりました。
その時に動物園の主人は穴の上からのぞいて、大きな声で笑いました。
「アハハハハハ。ザマを見ろ。折角人が親切に雇ってお金を儲けさしてやろうと思ったのに、云うことをきかないからそんな眼に合わされるのだ。あしたからお前達を見世物にして、おれはお金をウンと儲けるつもりだ。サアみんな出て来い」
と云いますと、今まで隠れていた見世物の雇い人が出て来て、二人を押えつけて新しい檻の中に入れて、上から幕を冠せました。
檻に入れられるとすぐに豚吉はワーワー泣き出しましたが、ヒョロ子は泣きません。かえってニコニコしながら豚吉の耳に口を寄せて、
「泣かないでいらっしゃい。もうすこしするとこの檻から出られますから」
と云いました。豚吉は泣き止むと一所にビックリしまして、
「エッ。この檻の中からどうして逃げられるのだ」
と云いました。ヒョロ子は慌ててその口を押えて、
「黙っていらっしゃい。今にわかりますから。大きな声を出すと、逃げるときに見つかりますよ」
と云いましたので、豚吉は黙ってしまいました。
そのうちに動物園の主人が、
「サア、皆うちへ帰っていい。二人はもう檻へ入れたから大丈夫だ」
と云いますと、みんな帰ったようすで、そこいらが静かになりました。
ヒョロ子は真暗い檻の中で豚吉の耳に口を寄せて、
「サア待っていらっしゃい。二人でこの檻を出ますから」
と云いましたので、豚吉はビックリしました。やはり小さな声で云いました。
「どうして逃げるのだ。前には鉄の棒が立っているし、うしろの入り口には鍵がかかっているし、ど
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