ないお医者様の家《うち》があります。そこの御主人は無茶先生と云って、無茶なことをするので名高いのですが、どんな無茶なことをされてもそれを我慢していると、不思議にいろんな病気がなおるのです」
「フーン。その無茶とはどんなことをするのだ」
 と豚吉が心配そうにききました。
「それはいろいろありますが、わるいものをたべてお腹が痛いと云うと、口から手を突込んで腹の中をかきまわしたり、眼がわるいと云うと、クリ抜いて、よく洗って、お薬をふりかけて、又もとの穴に入れたりなされます」
「ワー大変だ。そんな恐ろしいお医者は御免だ」
「そうで御座いましょう。どなたもそれが恐ろしいので、その無茶先生のところへは行かれませぬ。そのために無茶先生はいつも貧乏です」
「もうほかにお医者は無いか」
「そうですね。只今ちょっと思い出しませんが」
「そうかい。又上手なお医者があったら知らせておくれ」
「かしこまりました」
 と番頭さんは帰ってゆきました。
「あなたはその無茶先生のところへお出《い》でになりませんか」
 とヒョロ子が云いますと、豚吉は眼をまん丸にして手を振りました。
「おそろしやおそろしや。そんなお医者のところへ行って、殺されたらどうする」
「でも、どんな病気でも治るというではありませんか。一度ぐらい殺されても、又生き上ればよいではありませぬか」
「お前は女の癖に途方もないことを云う奴だ。もし生き上らなかったらどうする」
「そんなことをおっしゃっても、あなたはまだそのお医者が上手か下手か御存じないでしょう」
「お前も知らないだろう」
「ですから試しに行って見ようではありませんか。もしその先生のおかげで私たちの身体《からだ》が当り前になれば、こんな芽出度《めでた》いことはないでしょう」
 とヒョロ子が一生懸命になってすすめますので、豚吉もためしに行って見ることにきめました。
 豚吉とヒョロ子はそれから連れ立って町の外れへ来てみますと、成る程、そこに一軒のキタナイお医者様の札が出て、無茶病院という看板が出ております。ソレを見ると豚吉はもうふるえあがって、
「おれはいやだ。無茶病院という位だから、どんなヒドイ目に会わせられるかわからない。帰ろう帰ろう」
 と引っかえしかけました。それをヒョロ子は押し止めまして、
「マアお待ちなさい。只先生に会ってお話をきくだけならいいじゃありませんか。そのあ
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