眼にしみましたので、
「アッ。これはたまらぬ」
「何だか眼に沁《し》みてよ」
と、二人共眼をこすって起き上りました。
「アア。すっかり眼がさめた」
と豚吉はあたりを見まわしましたが、ヒョロ子の姿を見るとビックリしまして、
「オヤッ。あなたはどなたです」
と大きな声で云いました。ヒョロ子もこう云われてヒョイと前を見ますと、見たこともない立派な人が居ますから驚いて、
「まあ。あなたはどなたですか。お声は豚吉さまのようですが……」
と云いかけて、無茶先生の顔を見ると又ビックリしまして、
「まあ、先生。私はこんな立派な姿になってどうしたんでしょう」
と叫びました。
「アハハハハハハ。驚いたか」
と、無茶先生は腹を抱えて笑いました。
「サア、鍛冶屋のおやじ。もう何もかも話していい時が来たぞ。二人にお前が見た通りのことを話してきかせろ。そうしたら、二人が豚吉とヒョロ子夫婦であることがわかるだろう」
「ヘイ。けれどもこのお話はもうよそで致しました」
と鍛冶屋の爺さんが恐る恐る申しました。
「何、よそで話した」
「ヘイ。それにつきましてお二人にお引き合わせする人があります」
と急いで裏へ行って、二人のお爺さんを引っぱって来ましたが、豚吉とヒョロ子はそれを見るとイキナリ飛び付きました。
「オオ、お父さん」
「そう云う声は豚吉か」
「アレ、お父様」
「そう云う声はヒョロ子か」
「お眼にかかりとう御座いました」
「おれも会いたかった。けれどもまあ何という立派な姿になったものだろう」
「お父様、お許し下さいませ。私たちが逃げたりなど致しましたためにどんなにか御心配をかけたことでしょう」
「イヤイヤ。そのことは心配するな。もう許してやる。それよりもよく無事で居てくれた。そうしてまあ何という美しい女になったことであろう。ああ、何だか夢のようだ」
と、親子四人、手を取り合って嬉し泣きに泣きました。
親子四人は揃って無茶先生の前に手をついてお礼を云いました。
そうすると無茶先生は長い黒い髭を撫でながら、
「イヤ。おれも二人のおかげで思うよういたずらが出来て面白かった。もうこれから乱暴はしないから安心しろ。それから、二人の名前も今までの通りの豚吉とヒョロ子では可笑しいであろう。おれがよい名をつけてやる。これから豚吉は歌吉、ヒョロ子は広子というがいい。おれも名前を牟田《むた》先生
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