使いですから魔法のタネにするのでしょう」
「何、その山男が魔法使い?」
「そうです」
「それじゃ、その鉄で作った人間は何にするのだ」
 鍛冶屋のお爺さんは又困ってしまいました。こんなに大勢に自分の見たことを話したら、どんなにビックリするか知れないと思うと、話したくて話したくてたまりませんでしたが、一生懸命で我慢をしまして、
「それは申し上げられません。どうぞお金はいくらでもあげますから、玉葱の皮と、葱の白いヒゲと大根の首と、豚の尻尾と、七面鳥の足と、牛の舌と鶏の鳥冠《とさか》とを売って下さい」
「それは売ってやらぬこともないけれども、そのお話をしなければ売ってやることはできない」
 鍛冶屋のお爺さんは泣きそうな顔になりました。
「どうぞ、そんな意地のわるいことを云わないで売って下さい。そのお話をすると、私は又テンカンを引かなければなりませんから」
「何、そのお話をするとテンカンを引く? それはいよいよ不思議な話だ。サア、そのお話をきかせろきかせろ」
 といううちに、台所に居た人たちは皆、鍛冶屋のお爺さんのまわりに集まって来ました。
 鍛冶屋のお爺さんはいよいよ困って、逃げ出そうかしらんと思っておりますところへ、この家《うち》の若い主人夫婦が出て参りまして、
「何だ何だ。みんな、何だってそんなに仕事を休んでいるのだ」
 と叱りましたが、この話を女中からききますと、やっぱり眼を丸くしまして、
「おお、それは面白い。おれも玉葱の皮だの大根の首だのの料理はきいたことが無い。それに、山男の魔法使いだの鉄の人間だのいうものも見たことが無い。それではお爺さん。お前さんの云う通りの品物をみんな揃えてあげるから、お前さん、ごく内証で私達夫婦をつれて行ってくれないか。私たちはその玉葱の皮や何かのお料理が見たいから」
 と云いました。けれども、お爺さんはなかなかききません。
「あの山男は鉄槌で人間をたたき殺して、火にくべて真赤に焼いて、たたき直したりするのですから、うっかり見つかると、私共はどんな魔法にかかるかわかりません」
「それはいよいよ不思議だ。なおの事その山男の魔法使いが見たくなった。是非つれて行ってくれ」
「いけませんいけません」
 と、何遍も何遍も云い合いました。
 その時にこの料理屋の二階に田舎のお爺さんが二人御飯を喰べさしてもらいに来ましたが、あんまり御飯が出来ませんので
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