「イーエ、お茶とお菓子だけよ」
「お客がないね」
「……………」
 小娘は無邪気に笑った。いよいよおかしい。
 記者は正面の壁にかかっている美人写真の絵葉書を指して問うた。
「この写真は誰なの?」
 小娘は又ニコリと笑った。
「このうちの姉さんよ」
「どこに居るの」
「知らない――」
 小娘は笑いながら駈け降りて行った。
 その額縁に立ち寄って見ると、その写真は額縁のうしろからさし込み式になっていて、表面のほかに四枚の美人写真があった。年頃は十七八から二十四五まで順々になっている。それからその額ぶちのうしろに電鈴《ベル》が一つある。
 記者は一寸考えてから、その電鈴《ベル》を押して見た。
 間もなく下から、立派な三つ揃いのモーニングを着た、四十恰好の苦味走った男が上って来た。
「いらっしゃいまし。毎度どうも……」
 とお辞儀をして、記者の向う側に腰をかけた。あらかた様子を察した記者は、この男とこんな問答をした。
「僕は田舎ものでね。勝手がわからないが……」
「エヘ……恐れ入ります……」
「……………」
「……………」
「エー、どれかお気に召したのが?」
「どこに居るね?」
「エー、ここでは御座いませんので」
「どこだね……」
「エエ、いつでも御案内致します。エヘ、そのお気に召したのを御指名下されますれば、エヘ」
 男の眼は早くも用心深そうに輝き始めた。
 記者は失敗《しま》ったと思った。
「いつでもいいって!」
「左様《さよう》で、ここにありますのならどれでも、エヘ……」
「これはどうだね」
「ヘエ。これは三十五円で……」
「半夜かい、終夜かい」
「半夜で、室とお料理だけが別で御座います。終夜だと今二十円お願い致しますので……エヘ」
「高価《たか》いな。じゃ、これは……」
「みな同じで御座います……」
 男の眼はいよいよ警戒的に光って来た。
 記者は社用の名刺以外に、或る特殊な名刺を持っていたので、よっぽどそれを出して見ようかと思ったが、さりとはと思い切ってここを出た。
 その後、或る友人にこの話をしたら、
「それあ新発見だ。恐らく最高級の奴だろう。早速行って見よう」
 と云った。記者が高価《たか》い事を説明して押し止めると、彼は高らかに笑った。
「アハ……。馬鹿な……。それあ出たらめだよ。君は体《てい》よく追っ払われたんだ」
 然るにその友達もその後《ご》そこへ行って失敗したと見えて、帰って来るとすぐ記者に電話をかけた。
「君。駄目だったよ、あそこは。誰か紹介者がなくちゃ……君は例外らしいぜ……」
「そうかなあ……じゃ、名探偵だな、僕は……」
「馬鹿な……いい椋鳥《むくどり》に見えたんだろう」

     文明病としての神経痛

 女医、美容術師、マッサージ師、派出婦、助産婦、保姆、看護婦なぞは、大抵、何々会というものに付属しているが、この何々会に頗《すこぶ》る怪しいのが多い。
 九州地方の看護婦会の会長さんはよく云う。
「看護婦は奥さんの御病気の時に行くのを嫌がります。つい旦那様のお世話をさせられたりして、誤解を受けたりする事がありますので……どうも困ります」
 東京はこれと正反対で、そんなところを撰んでつけ狙う。一方、お客の需要もそんなのが珍らしくない。独身男から、奥さんが病気だと、電話がかかって来るのもないと限らぬ。勿論、会長も看護婦もその方の収入の方がずっと大きい。
 その他、子供の世話と名付けて保姆を、その他の仕事に家政婦や派出婦をといった風に、前の看護婦と同様の意味で営業しているのが、東京市中にかなりあるらしい。但、見わけはなかなか付かない。
 今度、東京でいろんな新智識を得たが、その中でも面白いのは、マッサージ師の上得意で、神経痛という病気である。これは文明病の一種であるが、ちょっと医師にも素人にも見わけが付かないところに、一層文明病としての価値があるのだそうな。というのは、奥様が神経痛にかかって別荘に御祈祷師を呼び寄せると、旦那も又神経痛で本宅に女マッサージを出入りさせるというわけである。最近の神経痛は痛くとも何ともなくて、かかり易くてなおり易く、おまけに見分けが付かないという。便利な病気もあればあるものである。
 但、これ等は、東京人の堕落時代に乗じて今更|流行《はや》り出した病気とは云えないかも知れぬが――。

     恐ろしい看護婦

 私立病院の看護婦に醜業婦同様のものが居る事は古めかしい話である。嘘か本当か知らぬが、看護婦に美人の多い病院は繁昌するという。又、病院の種類に依って、美人を必要としない病院もあるという。さもありそうな事である。
 尚、これも余談ではあるが、こんな話を聞いた。
 東京の女が如何に堕落しても、又はどんなに凄腕になっても、看護婦のそれ程深刻にはなり得ないであろう。言葉を換
前へ 次へ
全66ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング