りと考え得る頭を持っている。それだけに人生に対して或る苦しい淋しい空虚を認めて、何物かを求めつつ悩んでいることがわかる。同時に、彼女の家庭も、学校も、宗教も、道徳も、彼女の魂の飢えを満たすべく何物も与えていない事がわかる。そのために彼女は、おぞましくも唯《ただ》性の労働に走るほかはなくなっている。空漠たる時間と空間の中に、只青春のときめき、それだけしか認めなくなっている。そうして不良とは知らずに、不良性の萌芽を心の奥に育ていつくしんでいる。それに対して、学校も家庭も無関心な冷たい眼で見ている。一方、不良少年は冷笑しているという、現代社会の時代相がありありとうかがわれる。

     少女のラブレター(五)

   ……………………
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敏雄様……。
十五夜の月が、淋しく物思う地上の一人子を哀れむように照らしております。虫の声もいたしましたけど、何故にかく泣き止むのでしょう?
唯一人なのに……私はやはり淋しいのです……自分で淋しいと思うからなのでしょうけど、私達の若さに同情してくれる人はないのですもの……私の一番大事なお兄さま、昨夜は久しぶりで夢で御目にかかれました。でも、あなたは御元気がなく、お言葉さえかけて下さらないのでした……で、悲しゅう御座いましたの。ですから忘れて下さいませんようにと[#「忘れて下さいませんようにと」に白丸傍点]書きますわ。その後お体はつづいておよろしいの?
今日は何だか心細くてなりませんの。
先達《せんだっ》てのレターに、姉の来ていますことを申上げましたために、あなたは御遠慮遊ばしていらっしゃるのじゃなくって? 御心配には及びませんわ。あなたからのお便りのない日は、私は寂しくてなりませんのよ。ですから、早くお便りをお恵み下さいませ。
病の床に是非なく伏しておりましたけれど、私はたまらなくなって………。
呪われた東京を思い出して……今はこの書く手もふるえて、この窓から見れば――赤い血のような無数の星の流れ、空一面に気味悪くそまって。
真紅のほのおの高く高く息づくのを! 恐ろしい……そうして、人々のどよめきの中を依然として星は乱れ飛ぶ! 鐘は鳴る! おお、今は午前三時よ! 床をぬけ出たためか、風邪の復活! ほん当に悲しゅうございます……お願いですからお便りを! 病の床に伏す身は! 遠い都にいますあなたを思い出しては……おしのび下さいませ。
また後便でゆっくり申し上げます。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]小夜なら  つる子
 私の兄さまへ
   ……………………
 この少女の悩みは、前の哲学的なのに比べて感傷的である。「私達の若さに同情してくれる人はない」の一句はことに強い感銘をあたえる。現代のあらゆる教育は、少年少女の若さにすこしも同情をしていない。只|無暗《むやみ》に押さえ付けようとするか、ほったらかしておくか、二つの間を出《い》でぬ手段を執るのみで、動《やや》もすれば彼等子女を罪人扱いにして、自分達の誠意の足らぬ事を考えまいとする。彼等の青春に同情する不良芸術、不良人間の魅力の方が、教育の力よりもはるかに強いのは無理もない。「私達の若さに同情してくれる人がない」という言葉は、無能な現代教育の心臓を刺す短剣である。

     少女のラブレター(六)

   ……………………
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略――
この前差し上げましたレター御覧になりまして?
――さぞお笑いなすった事と思いますわ。だって、何度レターを差し上げても御返事がないから、もしや発見されたのじゃないかと思いまして、逃れるためにあんな事を記しまして……おゆるし下さいませ。本当に不可《いけ》ない子でございますのね………。
お願いが只一つ御座いますの。日本橋の姉が只今突然帰って参りました。ですから、これからお手紙下さる時も、麻布だと分るかもしれませんから、誠に恐れ入りますが、
「林町にて、すみ子」としてお出し下さいませ。ほん当に失礼なんですけど、おしのび下さいませ。時間を見計って見守っておりますから、大抵は大丈夫で御座いますけど、もしやと思いまして………。
略――
姉の居る間は多少出られないだろうと思っております。そして、十二月のくるのを指折り数えて待っておりますの。駒込へ参りますの。そしたらゆっくり出来ますわ。それこそ本当にゆっくりどこかへ遊びに参りましょう………。
この苦しいハート……私はただその時のシーンを! 空想を……それで慰めておりますの。女の生命は愛ですわ。愛なしには生きてゆかれませんものを………。
私はあなたなしにはこの世に一日だって、一時間だって生きていられませんのよ。あなたのためなら、どんな事をも厭いませんわ。献身的の愛を……いつまでもね。最後という事なしに……お願い致しますわ。
略――

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