はどんなにか轟《とどろ》いた事でしょう。ふつつかもの花子に愛するというお言葉……何だかもったいないような気が致しますの。けれども貴方の淋しいみ心を省り見ますれば……本当にお察し致します。新ちゃんという方は、誰の前でもはばからずなんでも話す方ですから、純な清いお友達として、Sとして御交じわり下さいませ、お願い致します。
まだまだ書きたい事がございますが、何からお話し致してよいか……今日、私、お会いしたかったのですけれど、或る事から急に厳しくなって、夜は外へ出てはいけないと云うので、どうしても出られませんでしたの。どうぞあしからずお許し下さいませ。
それでは悪筆乱文お許し下さいませ、さよなら。
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[#地から1字上げ]幸多き  花子
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永久に永久に
 芳夫様みハートに
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   ……………………
 文体で見るとこの少女はまだ若い。相手を不良少年と知らずに謹んで書いている。一方に両親からもその危険性に気づかれて悩んでいる。極めて平凡で、こんな少女はいくらでも居そうである。そうして恐ろしく危いところである。或は最初の危機を通過しているかも知れぬと思われる節がある。尚、文中Sとあるのはシスター(同性愛の事)の略字であるが、ここではそんな意味はない。同胞という意味らしい。

     少女のラブレター(二)

   ……………………
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御許様には、昨夜私の留守に御電話を掛けに成り、さぞかし私が居りませんので御立腹遊ばされ、私を御うらみなされたでしょう。雨降ります所をお出下され、まことに相済みませんでした。私、いつもの所へ一時半頃行って待っておりましたが、御出に成りませんので、雨が降っておりますから、きっと入らっしゃらないのかと思い、私宅へ戻って来まして、用事がありましたので出掛けたあとへ、吉井様からのお電話でした。私、戻って来てすぐ第一の処へ行って見ましたが、恋しい吉井様の御すがたが見えませんでした。
私の写真をこの中へ一緒に同封してありますから、どうぞこの間お約束致しました通り、どなたにも見せないで下さい。御願いを致します。又こんど出来ましたら差上げます。
それから恋しき吉井様の御写真をどうぞ一枚御送り下さいませ。
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[#地から1字上げ]M子より
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私の永久に愛する
 吉井様ハートへ
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   ……………………
 この少女は前の花子よりもませている。関係も進んでいるが、不良少女でない事は写真の送り方でわかる。却て旧式の立派な家庭に育っている、家庭のお嬢さんと思われる節がある。吉井という男に引っかけられて、いい加減にされているらしい事が略《ほぼ》推測出来る。前のと同様にハートなぞいう言葉をこんな風に使うところは、どう見ても江戸ッ子でない。

     少女のラブレター(三)

   ……………………
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毎日青くなったり赤くなったり、七面鳥で、随分大変でしょう。御察し致します。七面鳥さんのために私随分祈っていますの。ですから、あんまり七面鳥になって心配しなくとも、大てい落っこちないから御安心遊ばせ。
十一日ね、随分待ちましたのよ。いくら待っても入らっしゃらぬのですもの。ほんとに悪々《にくにく》しくなってしまいましたの。もう真琴ちゃんの云う事なんか聞き入れない事に定《き》めてしまったの。御自分から話し出しておきながら、入らっしゃらぬなんかあんまりですわ……ほんとに貴方は嘘|吐《つ》きね……それは全く私の方が嘘つきなのよ。御免なさい。
私もあの日は朝から気分が悪くて寝ていましたの。三日間会社を休んで、月曜から床の中で暮しました。けれど床の中で何事も忘れて、真琴ちゃんのタメに祈りましたの。今度の試験は成績良好でしょうよ。三日も会社を休んで祈っていますもの? こんな思いをしているのに、真琴ちゃんは一人音楽をのん気なかおして聞いているなんて、ほんとにあんまりと、プリプリ内心怒っておりましたの。でもレター拝見して、やっと胸が落ちつきましたわ。二十一日にきっと行きますわ。それまでは苦しみね。でも今日は十六日でしょう。後五日すぎれば御逢いできるのね。試験がすむと、後はしばらくお休みでしょう。そうなると真琴さんがうらやましくなってしまいますわ……。
御休みになったら、御都合のよい時に春の海……ほんとうに行きましょう。どこがいいでしょう、よろしく願います。
真琴さん。いつも御無沙汰ばかりして済みません。決して忘れているのでは御座いませんのよ。一時だって忘れやしませんわ。けれど悪筆の筆不精故、悪いとは思いながらついサボってしまいますのよ。御免なさい。さらば。
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