は決して乾上《ひあが》りなんかする気色はない。新聞の三面記事が読める人なら必ず本格の探偵小説を理解し得ると考えてもいい位の大衆的な支持を受けつつ堂々と門を張って行きつつ在る。本格以外の探偵小説は探偵小説に非ず。エロ小説、グロ小説、ナンセンス小説と名乗って、この魅力ある「探偵」の二字を僭称する事を遠慮すべきもの也……とか何とか大見得を切られても、大きな声で返事する者が居ない位すばらしい勢である。だからこの定義は所謂、変格の探偵小説には当てはまるが、本格の謎々専門のソレには当てはまらないらしい。

 ……ナアニ……探偵小説ってものは大人のお伽話に過ぎないんだよ。大人は探偵小説を読んでオカカの感心、オビビのビックリ世界に逃避したがっているんだよ。良心とか、義理とか、人情とか、生活の苦しみとか、いうものには毎日毎日飽き飽きするくらい触れているんだから、そんなものにモウ一度シミジミと触れさせる普通の小説なんか、御免蒙りたいのだ。そんなものを超越した痛快な、ものすごいすばらしい世界へ連れて行ってもらいたがっているんだ。
 但《ただし》、子供はビックリ太郎でもノラクロ伍長でも容易に釣込まれるんだが、大人はそうは行かない。だから科学とか、実社会の機構とか、専門の智識とかの中でも、最新、最鋭の驚異的な奴を背景、もしくは材料として「感心世界」や「ビックリ世界」を組立てなければならない。そこから探偵小説のすべてが生まれて来るのだ。そうしてソレ以外にも以上にも探偵小説の使命はないのだ。
 ルパンでもホルムズでも要するに大人のミッキーマウスであり凸凹黒兵衛に外ならないんだよ。そいつが人の欲しがる巨万の富、人の惜しがる生命《いのち》、もしくは最も人の昂奮する国際問題なぞに対して行われた奸悪を向うにまわして超人的な活躍をするんだから、大人が喜ぶ筈だよ。怪奇、変態、冒険、ユーモア、なんていう色々な要素が、探偵小説の中に取入れられているのは、単に大人を、小供のお伽話と同等にビックリさせる色どりに外ならないんだよ……云々……と……。

 成る程そう云われてみると、そんな気にもなって来る。大人はお伽話を持ち得ない、憐れな動物だから、子供がお伽話を聞いて眠りたがるように、大人は一日の残りの時間を、探偵小説と共に、寝床の中で惜しみたがるのであろう。
 しかし、それだけでは、やはり何だかまだ説明が足りないような気がする。
 以上掲げたような色々な定義を一つに引きくるめてモットモット深刻に掘下げたようなものが、探偵小説の魅力の正体でなければ、ならないような気がするようである。

 今までに色々な形式の探偵小説が、書かれては飽きられ、工夫し出されては行詰まって来た。書いて行く小説家の方ではモウいけない。行き詰まった行き詰まったと悲鳴をあげている向きがあるようであるが、しかし、それは書く方の側だけの話ではあるまいか。
 読者側の方では、まだ飽きても行き詰まっていないようである。モットモット強い、深い、新しい刺戟を求めている自分自身の恐ろしい心理の慾求を、その日その日の生活の間隙にハッキリと感じつつ、飢え渇いたような気持で本屋の店先をウロウロしているのではあるまいか。
 その恐ろしい心理の慾求とは何であろうか。
 ……さあ……わからない。
 現に、そういう筆者自身が、いつも、そんな気持で本屋の店先をウロウロキョロキョロする組であるが、さて自分自身に、お前は何を探しているのだと反省してみると、どうしてもわからない。たまたま面白そうな本を引っぱり出して中を二三行読むと、直ぐにチェッと舌打ちしてモトの本棚に押込んでしまうのであるが、何が、お前をそうさせるのかと、自分の頭に反問しても、返事は一つも浮かみ上がらない。その癖、おそろしく焦燥《あせ》ってジリジリしている事はたしかだ。これぞと思う本があればポケットを空《から》にしても構わないぐらい棄身《すてみ》の決心をしている事だけはたしかである。……だが……何を求めているんだと云われても返事が出来ないから困る。
 ……自烈度《じれった》いと云って、これ位自烈度い話はなかろう。……これがわかれば一躍、世界一の流行作家になれるかも知れないんだが……。

 人文の発達に伴う、読物の種類の分派を探求し、綜合したところから帰納して、探偵小説が如何なる社会心理の反映を象徴しているものであるかをハッキリときめてくれる人は居ないか知らん。現代人が探偵小説の将来、如何なるものを要求しているかを、鮮やかに指示してくれる大批評家は居ないか知らん。

 本屋の店頭に立って色々と本を漁っている人の頭を見破って帰って、直ぐにその慾求通りのものを書くという訳には行かないものか知らん。
 否々。一流の流行作家は、皆、それが出来るのに違いない。そうして、わざと黙っているのに
前へ 次へ
全3ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング