はこの大学ばかりじゃないんだ。向うの山の中に在る明治医学校でも実験用の動物を分けてくれ分けてくれってウルサク頼んで来ているんだからね。大した国益事業だよ」
 吾輩は天狗猿の口の巧いのに感心した。丸い卵も切りようじゃ四角、往来の犬拾いが新興日本の花形なんだから物も云いようだ。
「やってみてもいいですが、資本が要りますなあ」
「フウン……資本なんか要らん筈だがなあ」
「要りますとも……犬に信用されるような身姿《みなり》を作らなくちゃ……」
「アハハ、成る程……どんな身姿かね」
「二重マントが一つあればいいです。それに山高帽と、靴と……」
「恰度《ちょうど》いい。ここに僕の古いのがある。コイツを遣ろう」
 と云ううちに最早《もう》、古山高と古マントと古靴を次から次に窓から出してくれたので、流石《さすが》の吾輩も少々|煙《けむ》に巻かれた。
「洋傘《こうもり》は要らんかね」
「モウ結構です。先生のお名前は何と仰言《おっしゃ》るのですか」
「僕かね。僕は鬼目《おにめ》という者だ。この法医学部を受持っている貧乏学者だがね」
 吾輩は思わず貰い立ての山高帽を脱いだ。鬼目博士の論文なら嘗《かつ》て亜黎
前へ 次へ
全131ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング