の犬結核はドウなるんだ」
「ハイ。いよいよカニウレが有害な事がわかれば、その次には羽振式のカニウレを作りまして、決してソンナ心配のないように致しますので……」
 羽振学士の顔色が、ダンダンよくなって来た。
「ふうむ。ソレ位の事で博士になれるのか」
「なれる……だろうと思いますので……」
「うむ。マアなるつもりでセイゼイ鼻毛を伸ばすがいい。ところで改めて相談するが、この犬の結核を何とかして治癒《なお》す訳には行かんのか」
「さあ。コイツは一寸《ちょっと》なおりかねます」
「博士になれる位なら、犬の結核ぐらいは何でもなく治癒せるじゃろう」
「ハハハ。なんぼ博士になりましても、コンナ重態の奴はドウモ……」
「モトモト君が結核にしたんじゃないか……この犬は……」
「……そ……それはそうですけれども、治癒すとなりますとドウモ……」
「ふうむ。そんなら君は病気にかける方の博士で、治癒す方の博士じゃないんだな」
「……そ……そんな乱暴なことを……モトモト実験用に買った犬ですから僕の勝手に……」
「……黙れ……」
「……………」
「いいか。耳の穴をほじくってよく聞けよ。貴様は空呆《そらとぼ》けているようだが、貴様がこの頃、婚約を申込んでいる山木のテル子嬢はなあ、この犬を洋行土産に呉れた唖川歌夫……知っているだろう、貴様の恋敵に対して済まないと云って、泣きの涙で日を暮らしているんだぞ。その犬が自宅《うち》に居ないと歌夫さんに来てもらえないと云って瘠《や》せる程苦労しているんだぞ。その真情に対しても貴様はこの犬を全快させる義務があるんじゃないか。貴様は貴様の愛する女の犬を結核に罹《かか》らせてコンナに骨と皮ばかりに瘠せ衰えさせるのが気持がいいのか。それともこの犬が偶然に手に入ったのを幸いに、知らん顔をして実験にかけて弄《なぶ》り殺しに殺して、唖川小伯爵と山木テル子嬢の中を永久に割《さ》こうという卑劣手段を講じているのか」
「……そ……そんな乱暴な……メチャクチャです。貴方の云う事は……ボ……僕と……そ……そのテル子嬢とは……マ……全く無関係……」
「ナニ卑怯なッ……」
 吾輩は思わず犬を放り出して羽振学士の横面《よこつら》を力一パイ啖《く》らわせた。和製バレンチノが一尺ばかり飛上って、傍の猫の籠の上にブッ倒れて、そのままグッタリと伸びてしまった。その拍子に鉄網《かなあみ》の蓋が開いて、
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