奴はソックリそのままイギリスの哲学博士で、従って「結婚の生理的結果也」と感付いた奴が、最有力な日本の医学博士の雛《ひよ》ッ子になる訳だ。
 そんな奴に「人間に喰付かれた犬は如何なる病気を感染するか」とか「猫の失恋ヒステリーの治療法|如何《いかん》」とかいったような問題と一緒に、数十匹の犬や猫を宛《あ》てがっておくと大抵、半年、乃至《ないし》、三年ぐらいで解決して来る。「人間に喰付かれた犬は泥棒犬になる」とか「三味線に張って猫ジャ猫ジャを弾く」とかいう論文を提出して博士になる。
 ナアニ、吾輩が論文を書いてやるんじゃないよ。その研究用の犬や猫を提供するのが吾輩の本職なんだ。イヤ、笑いごとじゃないよ。そこいらの大学や医学校なんか吾輩が居なくなったら、忽《たちま》ち一切の研究が停止するんだから大したもんだろう。
 その犬や猫をどこから仕入れて来るかって。アハハ。仕入れて来るといえば立派だが、実をいうと拾って来るんだ。往来の廃物を拾い集めて、博士製造の材料に提供する商売だから非常な国益だろう。むろん鑑札も免状も、税金も何も要らない。商売往来にも何も無い。天下御免の国益事業だ。
 もちろんこの商売を公認させるには相当の骨を折っている。この商売を初めてから間もなく、警察へ引っぱられて調べられた事がある。
「イクラ無鑑札の犬でも、持主の承諾を経ないで掻《か》っ浚《さら》いをするのは怪《け》しからんじゃないか」
 とか何とか、お説教じみた事を吐《ぬ》かしおったから吾輩、一杯景気で、逆襲を喰わせてやった。
「利いた風な事を云うな。日本の警察はまだまだズッと大きな罪悪を見逃がしているんだぞ。彼《か》の活動写真屋を見ろ。あんな映画を一本作るために、映画会社が何人の男女優を絞め殺したり、八ツ切《ぎり》にしたりしているか知っているか。しかもその俳優たちは、みんな町から拾って来た良家の子女ばかりじゃないか。まして況《いわ》んや彼《か》の議会を見ろ。何百の議員の首を絞めたり、骨を抜いたり、缶詰にしたりして富国強兵の政策を決議させる。その議員というのは政党屋が、全国各地方から拾い上げて来た我利我利亡者《がりがりもうじゃ》ばかりじゃないか。吾輩が、町から拾って来た動物のクズを殺して、博士を作るくらいが何だ」
 とか何とか煙《けむ》に巻いて帰って来たが、妙なものでソレ以来スッカリ警察と心安くなってしま
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