しているところは誰が見ても街の女としか思えない。
老伯爵は眼を剥《む》いた。眼を剥く筈だ。花嫁が淫売姿で堂上方《どうじょうがた》へ乗込むなんて手は開闢《かいびゃく》以来なのだから……。
「アハハハハ成る程。これじゃイクラ探してもわからないじゃろう。イヤ、お嬢さん、知らんで失礼したの……」
吾輩がシャッポを脱ぐと、令嬢も嫣然《にこやか》にお礼を返した。
「わたくしこそ……でも色々と御親切に、ありがとう御座いましたわ」
土管の中へ
「イヤ、名優名優。吾輩の前で、あれ程、シラを切っていた腹芸には感服した。その調子なら立派な伯爵夫人としての役もつとまるに違いない。ナアニ華族社会の女なんてものは偶然に取り当った地位を自慢にして、自分以外の女を如何にして軽蔑しようか、蹴落《けおと》そうかという事ばかり寝ても醒めても忘れていない下等動物でしかあり得ないのだからね。しかもその御主人の栄位栄爵というのも、先祖が関ヶ原あたりで豊臣家に裏切った手柄で、徳川将軍から貰った大名の地位が変形したものに過ぎないのだからね。これに反して市会議員となると何もかも独力で成り上ったのだから堂々たるものだ。その点からいうと華族なんぞより身分が上だ。唖川のお父さん、この花嫁を仇《あだ》やおろそかに思うてはなりませぬぞ」
小伯爵が横合いから吾輩の手を握った。
「イヤ、鬚野先生……どうもありがとう。実はあの上海亭の二階で貴方のお話を聞いているうちによっぽど飛出してお礼を申上げようかと思ったんですが、万一貴方が、親爺の廻し者だったら大変と思って……プッ……」
小伯爵は慌てて口に手を当てた。眼を丸くして老伯爵をかえりみた。老伯爵が不承不承に疎《まば》らな歯を露《あら》わして笑った。
「アハアハアハ。何でも宜《え》え。これから仲よくしてくれい」
吾輩は黙ってシャッポを脱いで、袖のないマントの肩で風を切って、豪華な応接間を出て行きかけた。
安心したので急に酔いが上がって来たものらしい。フラフラしながら扉《ドア》にぶつかった。
「おお、鬚野君。まあええじゃろ、ゆっくりして下さい。一パイ差上げるから」
「先生。御ゆっくりなさいませよ」
「イヤ、モウ運命の神様は辞職だ。アトは女将によろしく頼むわい」
「そう云わずとこの家《うち》に泊って行ってはドウかな」
「この家は暑いです。イヤ、若夫婦万歳」
吾
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