う人も、いい加減気の知れない人ですけど、そのコンクリート市会議員の断髪令嬢っていうのが、一番怪しい人物だと思いますわ」
「ふうむ。これは驚いた。何で怪しい。この事件の女主人公《ひろいん》が怪しいとは言語道断……」
「あたし久し振りに日本に帰って来たんですから、今の女の人の気持はよくわかりませんけどね、ソンナに内気な親孝行な人が、そんな年頃になるまで断髪しているものでしょうか……許嫁の人から貰った犬が居なくなったといって泣くような人が……」
「フウウム、これは感心したな。ナカナカ君等の観察は細かい。そこまでは考えなかった」
「ええ、きっと眉唾もんよ、そのお嬢さんは……」
「あたし日本の断髪嬢嫌いよ、テンデ板に附いていないんですもの。汚ない腕なんか出して……」
「アハハ、これあ手厳しい」
「当り前よ。腕を出すんなら子供の時分から腕を手入れしとかなくちゃ駄目よ。イクラ立派な肉附きの腕だっても、葉巻のレッテルみたいな種痘《ほうそう》のアトが並んでいたり、肘《ひじ》の処のキメが荒いくらいはまだしも、馬の踵《かかと》みたいに黒ずんで固くなって捻《つね》っても痛くも何ともないナンテいう恐ろしいのを丸出しにしているのは、国辱以外の何ものでもアリ得ないと思うわ」
「ヒヤア、これは恐れ入った。国辱国辱、正に国辱。銀座街頭の女はみんな落第だ」
「上海の乞食女《やち》にだってアンナのは一人も居やしないわ。どんな男でもあの肘の黒いトコを見たら肘鉄《ひじてつ》を喰わない中《うち》に失礼しちゃうわ」
「断髪だってそうよ。櫛目のよく通る日本人の髪を切るなんてイミ無いわ」
「まあ待て待て。脱線しちゃ困る。ほかの断髪嬢ならトモカク、あのテル子嬢の断髪なら、お母さん譲りだけあってナカナカ板に附いているぞ」
「おかしいわねえ。そんなお母さんだったら娘さんはイヤでも反感を起して日本髪に結《ゆ》うものだけど……妾《わたし》ならそうするわ」
「ちょいと先生。その伯爵様っていうのも妾、何だか怪しいと思うわ。先生のお話の通りだったら」
「フウン。容易ならん事がアトカラアトカラ持上って来るんだな、これあ。どこが怪しい、名探偵君……」
「だって、そんな冷淡な許嫁なんか恋愛小説にだって無いわ。せいぜい一日に一度ぐらいは訪ねて来なくちゃ嘘よ」
「それにねえ先生。その断髪令嬢のお父さんのコンクリート氏が引っぱられてからという
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