に神様の思召《おぼしめし》が働いているに違いないと思うんだが、ドウダイ議員諸君……」
 議員諸君が顔と顔を見合わせ始めた。
「まあ……羽振っていう人は、あのウチへ来る医学士さんじゃないの……男ぶりのいい……ねえ女将《おかみ》さん」
「あのバレンチノさんよ。ね、お神さん。キットそうよ」
 女将が眼を白くして首肯《うなず》きながら襟元を突越した。椅子の上から一膝《ひとひざ》進めた。
「まあ。只今の先生のお話は、みんな本当で御座いますの」
「何だ。今まで作りごとだと思って聞いていたのかい」
「……ド……どこに居りますの。その医学士は……憎らしい」
「オットット、そう昂奮するなよ。何も直接にお前たちと関係のある話じゃないだろう」
「それが大ありなんですよ、馬鹿馬鹿しい」
 と女将が大見得《おおみえ》を切った。
「ふうん。女将さんと関係があるのかい」
「あるどころじゃないんですよ、阿呆《あほ》らしい。あの羽振といったらトテモ非道《ひど》いカフェー泣かせなんですよ。男ぶりがいいのと、医学士の名刺に物をいわせて、方々のカフェーを引っかけまわって、この家《うち》にだっても最早《もう》、二百円ぐらい引っかかりがあるんですよ。新店《しんみせ》だもんですから、スッカリ馬鹿にされちゃったんですよ。口惜しいったらありゃしない」
「フーム。そんな下等な奴だったのかい、アイツは……そんならモット手非道《てひど》く頬桁《ほおげた》をブチ壊してやれあよかった」
「そして……ド、どこに居るんですか」
「多分、耳鼻咽喉科かどっかに入院しているだろう」
「……あたし行って参りますわ。直ぐそこですから……ちょっと失礼……」
「ちょっと待て……」
「いいえ、棄てておかれません。今まで何度となく勘定書を大学に持って行ったんですが、どこに居るかサッパリわかりませんし……タマタマ姿を見付けても案内のわからない教室から教室をあっちへ逃げ、こっちに隠れしてナカナカ捕まらないのですよ。入院していれあ何よりの幸いですから……ちょっと失礼して行ってまいります」
「ま……ま……待て……待てと云ったら……いい事を教えてやる。確実に勘定の取れる方法を教えてやる。アイツは現金なんか持ってやしないよ」
「それはそうかも知れませんわねえ」
 女将は、すこし張合抜けがしたように椅子へ引返した。
「それよりもねえ、彼奴《あいつ》の親父の処へ
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