竈を打ち破《わ》りました。そうして一本一本積んだ樹を取り出して、隅から隅まで調べはじめましたが、不思議な事には、今度積み込んだ樹に限って一本も虫穴の明《あ》いたのがありません。
勘太郎は馬鹿馬鹿しい事をしたと思いました。これを焼かなければ御飯を食べる事が出来ないのに、つまらない夢なんぞを本当にして残念なことをしたと思いました。
そのうちにだんだん調べて来て、一番おしまいに一本の丸太が残りました。
それは大きな樫の丸太で、その幹の真中あたりに小さな虫穴が一つやっと見付かりました。
勘太郎は、扨《さて》はこれが昨夜の虫の住居《すまい》かと思いましたが、中を覗いても何も知れませんし、又斧で割ったり何かして、中にいる虫まで殺すような事があっては、折角助けた甲斐がありません。勘太郎は仕方なしにお弁当を作って、この樫の丸太を荷《にな》いて、山奥の山奥のその又山奥のとても人間の来そうにもない処に持って行って、只《と》ある岩の間へそっと立てかけて置きました。その中《うち》には春が来て、虫がはい出して、蝶か何かになって飛びまわる事が出来るだろうと思ったからです。
虫の方は助ける事が出来ましたが、勘太郎はもう炭焼きなんぞはする気になりませんでした。しかし生れて炭焼きしかした事のない勘太郎は他の仕事を一つも知りませんでした。何をしようかといろいろ考えて帰るうちに道を見失って、だんだん山深く迷い入ってしまいました。
行っても行っても山ばかりで、食べ物も何もありません。日が暮れ夜が明けても同じ事です。しまいには飢え凍えて死にそうになりましたから、勘太郎は草の根を掘って食べたり、枯れ葉を綴って身体《からだ》に着たりして、仙人のようになって、自分の家《うち》の在る方へと山又山を越えて行きました。
雪に降られ雨風に打たれて、木の皮や草の根を食べながら行く苦しさはたとえようもありません。これというのも、たった虫一匹の生命《いのち》を助けたため、その虫を助けたのは初夢を本当にしたためと思えば、勘太郎は口惜《くや》しいやら情ないやら涙をポロポロコボして行きました。
その中《うち》に春が来たらしく、雪も降らず風もあたたかくなって、勘太郎が行く山道を横切る雪も白くふわふわとして来ました。あたたかい太陽の下の木々には芽が萌《も》え出し、楽しげな鳥の声が方々から聞こえるようになりました。
しか
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