たんで……実際眼が眩《くら》んじまいましたよマッタク。いい芳香《におい》が臓腑《はらわた》のドン底まで泌《し》み渡りましたよ。そうなると香水だか肌の香《におい》だか解かれあしません。おまけにハッキリした日本語で、
「まあ……よく来てくれたねえ、アンタ」
と来たもんです。
トタンに前後の考えなんか、笠の台と一緒にどっかへふッ飛んじゃいましたね、キチガイが焼酎《しょうちゅう》を飲んで火事見舞に来たようなアンバイなんで……暫くして女がスクリンを上げてから気が付いてみると、その馬車の走り方のスゴイのにチョット驚きましたよ。ほかの馬車をグングン抜いて行くので、金ピカ服の交通巡査が何度も何度も向うから近付いて来て手を揚げて制止《とめ》にかかったようでしたが、私等《あっしら》の馬車に乗っている黒い頬鬚《ほおひげ》を生《はや》した絹帽《シルクハット》の馭者がチョット鞭《むち》を揚げて合図みたいな真似をすると、どの巡査もどの巡査も直ぐにクルリと向うを向いて行っちまったんです。
それが右へ曲っても左に曲っても、どこまで行ってもどこまで行ってもそうなんですから、あっし[#「あっし」に傍点]はだんだん不
前へ
次へ
全52ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング