お酒のお肴《さかな》になるようなお話じゃねえんで……何なら御免を蒙《こうむ》りてえんで……。
ヘエッ。奥様はソンナお話が大《だい》のお好きと仰言《おっしゃ》る……恐れ入りやしたなあドウモ。そんな話を聞いてる中《うち》に眼尻が釣上って来て自然と別嬪《べっぴん》になる……新手《あらて》の美容術……ウワア。エライ事になりましたなあドウモ。あっし[#「あっし」に傍点]の嬶《かかあ》なんぞはモウ以前《せん》に水天宮で轆轤首《ろくろっくび》の見世物を見て帰《けえ》って来ると、その晩、夜通し魘《うな》されやがったもんで……ほかじゃあ御座んせん。手前《てめえ》の首が抜けそうで心配になっちゃったんだそうです。……ヒヤア、抜ける抜けるとか何とか詰《つま》らねえ声を真夜中出しやがるんで……篦棒《べらぼう》めえ、抜ける程の別嬪と思ってやがるのか……ってんで、背中を一つドヤシ付けてやりましたらヤット正気付きましたがね。あれがドウモいけなかったようで……とうとう一生涯、別嬪にならず仕舞《じま》いで、惜しい事をしましたよ。まったく。ヘヘヘ。世の中は変れば変るもんでげす。
あっし[#「あっし」に傍点]が二十七の年でゲスから三十年ばかり前のことでしょう……明治三十何年かのお正月の話でゲス。その時分は台湾の総督府で仕事さして頂いておりましたが、その春から夏へかけて亜米利加《アメリカ》の聖路易《セントルイス》てえ処で世界一の博覧会がオッ初《ぱじ》まるてんで、日本の台湾からも烏龍茶《ウーロンちゃ》の店を出して宣伝してはドウかてえお話が持上りました。その時分までは何でもカンでも舶来《はくれえ》舶来《はくれえ》ってんで紅茶でも何でもメード・イン・毛唐《けとう》でねえと幅が利かねえのが癪《しゃく》だってんで……。印度《インド》産の極上品よりもズット芳香《かおり》の高い、味の美《い》い烏龍茶を一つ毛唐に宣伝してみろってえ、その時の民政長官の男爵様で、後藤新平《ごとうしんぺい》てえ方が……ヘエ。その蛮爵《ばんしゃく》様が号令をおかけになったんだそうで……あっし[#「あっし」に傍点]も一つ台湾風の大きなカフェエを、この博覧会の中へ建てに行かねえかってえ蛮爵様からのお言葉でしたがね、ビックリしやしたよマッタク。
自慢じゃ御座んせんが小学校を出たばかりのタタキ大工なんで……雀がチューチュー鴉《からす》がカアカア。チ
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