本一本を中心にして三方に、四五|米《メートル》高さの堡塁《ほうるい》のように死骸が積重ねて在って、西の方の地平線、ヴェルダンに向った方向だけがU字型に展開されているのであった。
その広場の中央に近く、やはり数十の負傷兵が、縦横十文字に投出されたように寝転がっていたが、しかしこの負傷兵たちが、何のために白樺の林から隔離されて、コンナ陰惨な死骸の堡塁の中間に収容されているのか私はサッパリ見当が付かなかった。しかもこの連中は比較的軽傷の者が多いらしく、村の入口らしい、石橋の処で待っていた大佐と、私たちとが一緒になって中央に進み入ると、寝たまま半身を起して敬礼する者が居た。それは特別に軍医の注意を惹いて、早く治療を受けたいといったような、負傷兵特有の痛々しい策略でもないらしい敬礼ぶりであった。
しかしワルデルゼイ軍医大佐は、そっちをジロリと見たきり、敬礼を返さなかった。直ぐに私の方を振返って、
「その小僧をそこへ突放し給え」
と云ったがその鬚だらけの顔付の恐しかったこと……月光を背にして立っていたせいでもあったろう。地獄から出張して来た青鬼か何ぞのように物凄く見えた。
私が候補生を地面にソッと寝かしてやると、軍医大佐は苦々しい顔をしたまま私を身近く招き寄せた。携帯電燈をカチリと照して、そこいらに寝散らばっている負傷兵の傷口を、私と一緒に一々点検しながら、無学な負傷兵にはわからない露西亜《ロシア》語と、羅典《ラテン》語と、術語をゴッチャにした独逸《ドイツ》語で質問しはじめた。
「この傷はドウ思うね……クラデル君……」
「……ハ……右手掌《うしゅしょう》、貫通銃創であります」
「普通の貫通銃創と違ったところはないかね」
「銃創の周囲に火傷《かしょう》があります」
「……というと……どういう事になるかね」
私はヤット軍医大佐の質問の意味がわかった。
しかし私は返事が出来なかった。……自分の銃で、自分の掌《てのひら》を射撃したもの……と返事するのは余りに残酷なような気がしたので……。
大佐は鬚の間から白い歯を露《あら》わしてニヤリと笑った。直ぐに次の負傷兵に取りかかった。
「そんならこの下士官の傷はドウ思うね」
「……ハ……やはり上膊部の貫通銃創であります。火傷は見当らないようですが……」
「それでも何か違うところはないかね」
「……弾丸の入口と出口との比較が、ほかの負傷兵のと違います。仏軍の弾丸ではないようで……近距離から発射された銃弾の貫通創と思います」
「……ウム……ナカナカ君はよく見える。そこでつまりドウいう事になるかね」
私は又も返事に困った。前の時と同じ理由で……。
「この脚部の創《きず》はドウ思うね。君が今連れて来た候補生だが……」
「弾丸の入口が後方に在ります」
「……というとドンナ意味になるかね」
「……………………」
「それじゃ君……コッチに来たまえ。この腕の傷がわかるかね」
「わかります。弾丸の口径が違います。私は剔出《てきしゅつ》してやったのです」
「何の弾丸だったね。それは……」
「……………………」
「味方の将校のピストルの弾丸《たま》じゃなかったかね」
「……………………」
「……ハハハ……もう大抵わかったね。ここに集めて在る負傷兵の種類が……」
「……ハイ……ワ……わかりました」
私は何故となくガタガタ震え出した。
しかしワルデルゼイ軍医大佐は、依然として「研究」を中止しなかった。なおも次から次へと私を引っぱりまわして、殆んど百名に近いかと思われる負傷者の患部を診察しては質問し、質問しては次に移って行ったが、いずれもその最後は、私が答える事の出来ない質問に帰着する種類の負傷ばかりであった。
悽愴極まる屍体の山と石油臭の中に隔離されている約一小隊の生霊に、モウ間もなく与えられるであろう軍律の制裁……或る不可知の運命を考えさせられながら、その不名誉この上もない……寧《むし》ろ悲惨事以上の悲惨事とも見るべき超常識的な負傷の傷口を一々、念入りに診察して行く中《うち》に、私の背筋の全面が、気温を超越した冷汗にジットリと蔽われた。烈しい恐怖の予想から来る荒い呼吸のために、私の鬚の一本一本が真白い霜に蔽われた。膝頭と歯の根が同時にガタガタと音を立てそうになって来た。そうして百に近い負傷兵の何となく魘《おび》えた、怨めしそうな、力ない視線に私の全神経が射竦《いすく》められて、次第次第に気が遠くなりかけて来た時にヤット全部の診察、研究が終ると、大佐は私を些《すこ》し離れた小高い土盛の上に連れて行って、軍刀をグット背後に廻した。両耳の蔽いを取って自分の顔を、手袋をはめた両手で強く摩擦し初めた。
「……そこでクラデル君。これらの全部の負傷兵の種類を通じての特徴として、君は何を感じますかね」
「……ハッ……。皆
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