時には、チョット頭が下がったよ。何しろ大きな銀行が、ポケットの中でゴロゴロしていようという連中だからね。助かりたいのが一パイだったのだろう。船長や運転手までホッとしたような顔をしていたっけが、可笑《おか》しかったよソレア。何はともあれエムデン様々々々と拝みたくなったね。
……というのはコンナ訳だ。
実をいうと三洋丸ぐらいの機械を持っていれあ、速力を五|節《ノット》増すくらいの事は屁《へ》の河童《かっぱ》なんだ。新しい機械の力はかなり内輪に見積ってあるもんだからね。……と云ったって、むろん船長や運転手なんかに出来る芸当じゃない。いわば僕一人の専売特許かも知れないがね。ずっと前、南支那海で海賊船がノサバッた時に、万一の場合を慮《おもんぱか》って、何度も何度も秘密《ないしょ》で研究して、手加減をチャント呑込んでいたんだから訳はない。僕は機関室へ帰ると直ぐに、汽鑵《ボイラー》の安全弁《バルブ》の弾条《バネ》の間へ、鉄の切《きれ》っ端《ぱし》を二三本コッソリと突込んで、赤い舌をペロリと出したものだ。
タッタそれだけで一万|磅《ポンド》の仕事になった訳だが、何を隠そうコイツは立派な条令違反なんだ。発見《みつ》かったら最後、機関長の免状を取上げられるどころじゃない。ドエライ罰金を喰わせられた上に、懲役にブチ込まれる事になるんだから、ソレ位のねうち[#「ねうち」に傍点]はあるだろう。況《いわ》んや何百人の生命《いのち》と釣りかえの問題だからね。
しかもタッタそれだけの手加減で、汽鑵《ボイラー》の圧力《プレス》がグングンせり上って、圧力計《ゲージ》の針がギリギリ一パイのところまで逆立ちしてしまった。同時に推進機《スクリュウ》の廻転がブルンブルン高まる。速力《スピード》が出たどころの騒ぎじゃない。素人が見たら倍ぐらい早くなったように思える。両舷を洗う浪の音がゴオオ……ッ……ゴオオオ――オオッと物凄く高まったもんだから、デッキに立っていた連中はスッカリ安心してしまったらしいね。今までの心配疲れも出て来たんだろう。一人一人に船室《ケビン》へ帰ってグーグー寝てしまった様子だ。そこで機械と睨めっくらをしていた僕も、この調子なら大丈夫と思って、椅子に腰をかけたままウトウトしていた……までは良かったが……アトが少々面白くなかった。
その翌る朝のまだ薄暗い中《うち》の事だ。ポートサイドで札
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