が、新米でも何でも、水先を乗せるのが規則なんだから仕方がない。やっと今さっき水蒸汽《ランチ》で引上げて行きやがった。君見たろう……ウン……。もうこっちのもんだ。エコノミカル・スピードでブラリブラリと長崎へ着いて、ダンブロの荷物をタタキ上げれあ、後は南洋まわりと相場がきまっている。こう排日が非道《ひど》くちゃ、荷物一つ動かないからね。ナアニ。済まない事があるものか。コンナ船に乗ったら、ソンナ小面倒《こめんどう》な気兼ねは一切御無用だよ。国際的なルンペン船《ぶね》だからね。金儲けなら支那軍に売渡す鉄砲でも積込むんだ。怖いのは南支那海の三角波だけだよ。ハハハハ……。ナニ? 船賃? そんなもなあ要らないよ。王君がそう云やあしなかったかい。ウン。云ったけど気の毒だ。馬鹿な。納めるんなら十や二十の端《はし》た金《がね》じゃ駄目だよ。勿体《もったい》なくも麻雀の密輸入じゃないか。百や二百じゃ承知しないぜ……ナニ……それじゃ算盤《そろばん》に合わない。それ見ろ、ハッハッハ。僕の好意で乗せてってやるんだ。他ならぬ王君の頼みだからね。上陸してから鰒《ふぐ》でも奢《おご》り給え。それで沢山だ。ハハハ。お礼には及ばないよ。
 それよりもドウだね。一つ機関室を見に来ないか。君と話しながら仕事をしよう。何も話の種だ。ホントウのドン底の地獄生活というのは、コンナ襤褸船《ぼろふね》の機関室だってことを、世間ではあまり知らないだろう。船底一枚下は地獄とか何とか云うけど、地獄の上に浮いた地獄があるなんて事は、船乗り以外には誰も知らない筈だからね。尤《もっと》も知られた日にはコチトラの首が百あっても足りないがね。ハハハ。何も怖いことはないよ。閻魔《えんま》大王の僕が御案内するんだから……。
 ナニ……この部屋かい。大丈夫だよ。この鍵を預けとくからキチンと掛けておき給え。鍵は君が持っていた方が便利だろう。部屋を出るたんびに締りをしとく事だ。船員なんてな泥棒みたいな奴ばかりだからね……その鞄《かばん》は寝台の下にブチ込んでおき給え。ウン。鍵を掛けて封印して在るね。それなら大丈夫だ。中味の麻雀が船員に見付かると五月蠅《うるさい》からね。何とかカンとか云やがって、一杯飲ませなけあ納まらないんだ。
 ……こっちへ来たまえ。外はモウ涼しいね。二百廿日も無事平穏か……サッキの小蒸汽の煙がまだ見えてるぜ。引潮時だもんだ
前へ 次へ
全23ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング