った。
「ウン会ったよ」
「姫草さんとは……」
「今、そこまで話して来た」
 姉と妻とは顔を見合わせた。無言の二人の頬には、恐怖の色がアリアリと浮かんでいた。その顔を見ながら鼠の中折帽を脱《と》った瞬間に私は、探偵小説の深夜の一ページの中に立たされている私自身を発見したような鬼気に襲われたものであった。
「姫草さんとドンナお話をなすったの」
「ウム。まあお前達から話してみろ」
「貴方から話して御覧なさいよ」
「……馬鹿……おんなじ事じゃないか。話してみろ」
「だって貴方……」
「茶の間へ行こう。咽喉《のど》が乾いた」
 それから熱い番茶を飲みながら二人の女の話を聞いているうちに何と……今の今まで私の脳味噌の中に浮かみ現われていた奇妙な家庭悲劇の舞台面が、いつの間にかグルグルと一変してしまったのであった。
 私の留守中に、病気で寝ておられるはずの白鷹久美子夫人から、臼杵病院へ電話が掛ったのであった。それは約二時間前に私に面会した白鷹助教授が、すぐに下六番町の自宅へ電話をかけた結果であったらしく、非常に冷静な、同時にこの上もなく友誼的《ゆうぎてき》な口調で、白鷹夫人が私の一家に対して警告し
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