方が最早、妾から何もかもお聞きになっている事と思い込んでお出でになるもんですから、先生から顔を見られる事を、どうしてもお好みにならなかったんですよ。……ですから一度は是非とも会わなければならない。けれども会いたくない……と言ったような気持から、あんなような策略を何度も何度もお使いになったに違いないと思うんですの。あたし……白鷹先生の、そう言ったお気持がよくわかっていたもんですから……口惜《くや》しくって口惜しくって……。
……あたし……他家《よそ》のお家庭《うち》の秘密なんか無暗《むやみ》に喋舌る女じゃないのに……妾をドコまでもペシャンコのルンペンにして、世の中に浮かばれないようになさるなんて……先生のおためばっかり思って上げているのに……K大でアンナに一所懸命に働いて上げたのに……あんまり……あんまり……あんまりですわ……」
彼女は路傍の砂利積に撒布《まい》た石灰の上に黒い洋傘《コーモリ》を投げ出して、両袂を顔に当てながら泣きジャクリ始めた。
気が付いてみると私等二人は、いつの間にか紅葉坂の自宅の石段の下まで来て、向い合ったまま立っていた。折から通りがかりの労働者らしい者が二、
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