て君に会う機会がない。きょうは歌舞伎座の切符が二枚手に入ったから一緒に見に行かないか。午後一時の開場だから十時頃の電車で銀座あたりへ来てくれるといい。君の知っているカフェーかレストランがあるだろう」
という話だったが、生憎《あいにく》、私が行けないと姫草が言ったとかで、あとから歌舞伎座の番組と一緒に妻と子供へと言って風月《ふうげつ》のカステラを送って来たりした。しかもその小包に添えた手紙を見ると紛《まぎ》れもない男のペン字で、相当の学力を持ったインテリ式の文句であった。だからこちらでも非常に恐縮して、折よく故郷から送って来た鶏卵素麺《けいらんそうめん》に「今度の庚戌会へは是非とも出席します」と言う意味の手紙を添えて、下六番町の白鷹先生宛に送り出したが、それは何処へ届いたやら、あるいは横浜の臼杵病院を一歩も出なかったかも知れないと思う。その手紙や小包を渡して、送り出すように命じたのが、外《ほか》ならぬ姫草ユリ子だったから……。
ところが、それから十一月の初旬に入ると、彼女はまたも大変な失策を演じた。もちろん、それは彼女自身から見ると、いかにも巧妙な、水も洩《も》らさぬ筋書に見えたので
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