っくの昔に揚げられてブランコ往生しとるてや」
「フ――ム。そんなもんかなあ」
「とにかくその娘ん子は吾々の手に合うシロモノじゃないわい。第一、今のような話の程度では新聞記事にもならんけにのう。今から直ぐに特高課長の自宅に行こう」
「エッ。特高課長……」
「ウン。しかし仕事は一切吾々に任せちくれんと不可《いか》んばい。悪うは計らわんけにのう」
「何処だい特高課長は……遠いのかい」
「知らんかアンタ」
「知らんよ」
「知らんて、君の自宅《うち》の隣家《となり》じゃないか」
「エッ。隣家……」
「うん。田宮ちゅう家がそうじゃ。迂闊《うかつ》やなあ君ちゅうたら……」
「俺が赤じゃなし。気も付かなかったが……」
「その何草とか言う小娘は、君の家よりもその隣家が目標で、君に近付きよるのかも知れんてや。それじゃから俺は感付いたんじゃが……」
「成る程なあ。その田宮ちゅう男なら二、三度門口で挨拶した事がある。瓦斯《ガス》を引く時にね。人相の悪い巨《おお》きな男だろう」
「ウン。それだ、それだ。知っとるならイヨイヨ好都合じゃ。直ぐに行こうで……チョット待て、支局から電話をかけて置こう」
話はダンダンと急テンポになって来た。話のドン底が眼の前に近付いて来たようであるが、果してそのドン底から何が出て来るであろうか。
私は何となく胸を轟かしながら宇東と一緒にタキシーに飛び乗った。
田宮特高課長は、もうグッスリ眠っていたそうであるが、職掌柄、嫌な顔もせずに二階の客間で会ってくれた。
長脇差の親分じみた、色の黒い、デップリとして貫禄のある田宮氏は、褞袍《どてら》のまま紫檀の机の前に端然と坐って、朝日を吸い吸い私の話を聞いてくれたが、聞き終ると腕を組んで、傍の宇東記者をかえり見た。つぶやくように言った。
「赤じゃないかな」
それを聞いた時、私はまたもドキンとさせられた。思わず膝を進めながら恐る恐る尋ねた。
「赤としたらどうしたらいいでしょうか」
田宮氏は冷然と眼を光らせた。
「引っ括《くく》って見ましょうや」
「……エッ……引っ括る……どうして……」
「明朝……イヤ……今朝ですね。夜が明けたら直ぐに刑事を病院に伺わせますから、それまでその看護婦を逃がさないように願います」
「そ……それはどうも困ります」
と宇東三五郎が気を利かして慌ててくれた。
「実はそこのところをお願いに参りましたので、臼杵君も開業|※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》赤の縄付を出したとあっては……」
「アハハ。いかにも御尤《ごもっと》もですな。それじゃこう願えますまいか。明朝なるべく早くがいいですな。何かしら絶対に間違いのない用事をこしらえてその娘を外出させて下さいませんか。行先がわかっておれば尚更結構ですが」
「……承知しました。それじゃこうしましょう。僕が南洋土産の巨大《おおき》な擬金剛石《アレキサンドリア》を一|個《つ》持っております。姉も妻もアレキサンドリアが嫌いなので、始末に困っておるのですが、それをあの娘に与《や》って、直ぐに指環に仕立るように命じて伊勢崎町の松山宝石店に遣りましょう。遅くとも九時から十時までの間には、出かける事と思いますが……十時頃から忙しくなって来ますから」
「結構です。しかし近頃の赤はナカナカ敏感ですから、よほど御用心なさらないと……」
「大丈夫と思います。今夜、ここへ伺った事は誰も知りませんし……それに妻《かない》がズット前、姫草に指環を一つ買って遣るって言った事があるそうですから……」
「成る程ね。それじゃソンナ都合に……」
「承知しました。どうも遅くまで……」
そんな次第で私はその晩とうとう睡眠薬を服《の》まなければ睡られないような惨憺《さんたん》たる神経状態に陥ったが、後で聞いてみたら姉と妻も同様であったと言う。私から委細の話を聞いた二人は、夜が明けると直ぐに姫草ユリ子の可憐な肩の上に落ちかかるであろう恐ろしい運命が、如何に止むを得ない、同時に恐ろしいものであるかを想像しながら昂奮の余り、ロクロク睡らずに夜を明かしたそうである。松子はウトウトしたかと思うと高手小手《たかてこて》に縛り上げられて病院を引摺《ひきず》り出される姫草ユリ子の姿をアリアリと見たりしてゾッとして眼が醒めたという。姉なぞは御丁寧にも、絞首台にブラ下っている彼女の死に顔までマザマザと見届けて、何度も何度も魘《うな》されながら松子にユリ起されたと言うから相当なものであろう。
それでも夜が明けてからの計画は百パーセントに都合よく運んだ。妻の松子が何喰わぬ顔で病院に来ると直ぐに、姫草看護婦をソッと薬局に呼び込んで、大粒のアレキサンドリアを彼女の手に握らせた態度はきわめて自然なものであった。さすがのユリ子も毛頭疑う様子もなく、衷心から嬉しそう
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