がら、急な赤煉瓦の勾配を降りて行きました。そうして屋根の端の雨樋の処から顔だけ出して、直ぐ下の廻転窓越しに、部屋の中を覗き込んで見たのでした。
温泉ホテルの三階は、全体が一つの眺望用のサロンみたいになっているのでした。雨模様で蒸暑かったせいでしたろう。窓の上側が全部、開放して在りましたので、内部《なか》の様子が隅から隅まで手に取るように一目で見えました。
私は、私の想像以上だったあの時の、あの部屋の中の有様を書く勇気を持ちません。ただ必要なだけ書いて置きます。
大きな棕梠《しゅろ》竹や、芭蕉《ばしょう》や、カンナの植木鉢と、いろいろな贅沢《ぜいたく》な恰好の長椅子をあしらった、金ピカずくめの部屋の中では、体格の立派な殿宮視学さんと、ゾッとするような白光りする背中の瘤《こぶ》を露出《むきだ》した川村書記さんと、禿頭の熊みたような毛むくじゃらの校長先生が、自動車で連れてお出でになった三人の若い婦人のほかに、土地《ところ》の芸妓《げいこ》さんでしょう、年増《としま》の二人と、都合五人の浅ましい姿の婦人たちを相手に、有頂天の乱痴気騒ぎをやってお出でになりました。獣とも人間ともわからない姿と声で躍ったり、跳ねたり、転がりまわり、匐《は》いまわり、笑いまわり、泣きまわってお出でになりました。
私は暫くの間、茫然とそんな光景を見恍《みと》れておりました。
「現代の文明は男性のための文明」と仰言った校長先生の演説のお言葉を思い出しながら、こうした妖怪じみた人間と美人たちの乱舞を生まれて初めて眼の前に見て、気が遠くなるほど呆れ返っておりましたが、やがて吾に帰りました私は、屋根の端に身を逆様にしながら、落ち着いてコダックの焦点を合わせました。そうして、わざと蝋マッチを一本パチンと擦ったアトで、皆様がこちらをお向きになった瞬間を見澄まして、発光器《フラッシュ》を燃やしましたが、強い、青白い光線はズッと向うの広間の向う側までも達したように思いました。
私が発光器《フラッシュランプ》を眼の下の深い木立の中へ投げ棄てますと、長椅子の上で遊び戯《たわむ》れておりました婦人たちの中にはキャア――ッと叫んで着物を着ようとした人もおったようでした。
「何だったろう、今のは……」
「恐ろしく光ったじゃないか」
「パチパチと言ったようだぜ」
「星が飛んだんだろう」
「馬鹿な。今夜は曇っているじゃないか」
「イヤ。星でも雲を突き抜いて流れる事があります。光が烈しいですから、直ぐ鼻の先のように見える事があります。私は一度見ましたが……小さい時に……」
「今夜は何か知らん妙な事のある晩だな」
「ちょうど窓の直ぐ外のように見えたがのう」
そう言って校長先生が、ノソノソと窓の処へ近付いてお出でになるようでした。
その瞬間にスッカリ面白くなりました私は、またも一つの悪戯《いたずら》を思い付きました。
写真機と手提袋を深い雨|樋《どい》の中へ落し込んだ私は、手早く髪毛《かみのけ》を解いて、長く蓬々《ほうほう》と垂らしました。ワイシャツの胸を黒い風呂敷で隠しますと、思い切って身体《からだ》の半分以上を屋根の端から乗り出しました。長い髪毛を逆様に振り乱しながら、息苦しいくらい甲高い、悲し気な声で叫びました。
「森栖先生エ――エ――エエエ……」
部屋の中から流れ出る明るい電燈の光線で、窓の外の私の顔を発見された校長先生は、窓の枠《わく》に掴《つか》まったまま眼を真白く見開いて私をお睨みになりました。浅ましい丸裸体のまま、あんぐりと開いた口の中から、白い舌をダラリと垂らしておられました。その恰好がアンマリ可笑しかったので、私は思わず声高く笑い出しました。
「……ホホホ……ハハハハハハ……ヒヒヒヒヒヒ……」
部屋の中が、私の笑い声に連れて総立ちになりました。
「あれエ――ッ……」
「きゃあア――あッ……」
「……誰か来てエ――ッ……」
と口々に悲鳴をあげながら逃げ迷うて、他人の着物を引抱えながら馳け出して行く女《ひと》……そのまま入口の方へ転がり出る女《ひと》……気絶したまま椅子の上に伸びてしまう人……倒れる椅子……引っくり返る卓子《テーブル》……壊れるコップや皿小鉢……馳けまわる空瓶の音……。
……真夜中に三階の屋根の軒先から、逆様に髪毛を垂らして笑っている女の首を御覧になったら、誰でも人間とは思われないでしょう……。
それが間もなくシインと鎮《しず》まりますと、あとには校長先生と同じに、私と睨み合ったまま、棒立ちになっておられる殿宮視学さんと、川村書記さんが残りました。その世にも滑稽《こっけい》な姿のお三人の顔を見廻わしますと、私は今一度、思い切った高い声で、心の底から笑いました。
「ホホホホホ……オホホホホホホ……私が誰だか、おわかりになりまして……?……校
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