まっているのですから、すこしくらい大きな声でも滅多に外へ洩れませんが、その代りに、大抵のヒソヒソ話でも、二階で息を殺している私の耳へ筒抜けに聞こえて来るのでした。そうしてそのお話というのは大抵、校友会費に関係した事ばかりで、お二人でその誤魔化《ごまか》し方を熱心に研究なさるのでした。
 私は学校のグランド・ピアノが三千五百円と帳面に付いているのに、ほんとうは中古の五百円である事を聞きました。卒業生の寄付で出来た正門の横の、作法室の建物や備付品が、表向きは一万二千円となっているのに、内実は七千何百円とかですんでいる入り割りもわかりました。それから校長先生が、校友会費を流用して、川村さんの弟さんの名前でゲンブツという相場をなすって、お金を儲けて、傴僂の川村さんと山分けにしていられるようなお話も聞きました。
 それからそのゲンブツのお金にお困りになった後始末のために、校長先生はかねてから準備しておられた、世にも奇妙な金儲の方法を川村さんにお打ち明けになるのをチャント聞いてしまいました。
 もちろん、それは校長先生が川村さんから突込まれて白状なすった事ですが、校長先生はかねてから、校長先生の人格をこの上もなく崇拝しておられる熱烈な基督教信者で、私たち五年生の英語を教えておられた虎間トラ子先生に言いふくめて、校長先生の銅像を建ててはどうかと提議おさせになりました。そうして全職員先生の御賛成の下《もと》に全国に散らばっている卒業生たちや、在校生の家庭から寄付をお集めになりましたところが、それが大変な反響を呼びまして、既に五千円余りのお金が川村書記さんの手許に集まっているのでした。
 ですから有志の人達は、申すまでもなく今一息奮発して校長先生の銅像を立像にしたいという御希望でしたが、校長先生は、何故かわかりませんけれども立像を非常にお嫌いになりまして、「私は胸像で沢山《たくさん》である。私は元来銅像を立てられるような人物でない。立像などとは以ての外である」と大変な剣幕で、固く固く主張されましたので、仲に挾まった川村書記さんは大層お困りになっているのでした。
 けれども校長先生がその立像をお嫌いになるホントウの理由を聞いてみますと又、世にも馬鹿らしい内幕なのでした。
 校長先生の胸像はモウ二、三年前にチャンと出来上って校長先生のお宿の押入の片隅に、白い布片《きれ》に包まれたまま、ホコリと緑青《ろくしょう》だらけになって転がっているのでした。その背中の下の方には現在の帝室技芸員で、帝展の審査員として日本一の有名な彫塑家、朝倉星雲氏のお名前がハッキリと彫り込んで在るのでした。
 すばしこい川村書記さんは、どうかしてその事を探《さぐ》り出されたのでしょう。何かの序《ついで》にコッソリと上京して朝倉星雲先生にお眼にかかって、その彫塑の由来をお尋ねになると、何も御存じない星雲先生はアッサリとお答えになったそうです。
「ハア。あれですか。あれは私が森栖先生への御恩返しの一端にもと思って作ったものです。先般……三年ばかり前でしたか、ある温泉場から森栖先生のお手紙が来まして、頼みたい仕事があるから来てくれという文面でしたから早速行ってみますと、自分の胸像を作ってくれとのお頼みです。森栖先生は私の母方の伯父で、私が中学を出るまで学費を出して下すった大恩人ですから何条、否やを申しましょう。早速その温泉場付近の瓦焼場から理想的な土を取って来て一週間ばかりで胸像を作り上げ、薬品店にあるだけの石膏を買い集めて型を取りまして東京に持ち帰り、自分で監督して鋳造させまして、そのまま何処の展覧会へも出さずに、直接に森栖先生のお手許へ送り届けたものですが……そうですか。それではまだ建たずにいるのですか。……ヘエ……そうですか。イヤイヤ。失礼ですが謝礼などは一文も頂戴しようとは思っておりません。森栖先生のような徳望の高いお方のお姿を私のような者の手で故郷に残す機会を得ました事は、実に願ってもない名誉です。万一それが御校の校庭に据わるような場合に、土台工事とか、台石とかの仕事に就いて御用がありましたならば、何卒《どうぞ》御遠慮なく私にお知らせを願います。決して御迷惑はかけませんから、私が自費でお伺いして、玉垣とか、植込みの工合とか言うものを、出来るだけ御経済になるように指図させて頂きたいと思います。職人任せに致しますと、銅像とのウツリが悪くなって、何もかも打毀《ぶちこわ》しになる虞《おそれ》がありますから……」
 これは傴僂の川村さんが、星雲先生の口真似をなすったのを、私がまた口真似を致したお話ですが、この話を聞いた川村書記さんは、校長先生の腕前のスゴイのに今更のように感心してしまわれました。そうして案外に寄付が集まり過ぎたお蔭で、銅像が立像になりそうになって来たので、すっかり面喰
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