躍り出すのです。この児が生まれたら妾どうしましょう。
妾は、妾と一緒に呪咀《のろ》われたこの児も殺してしまいます。
妾は夫殺しの吾児殺しです。
貴女にだけ白状して死にますわ。許して下さい。ミジメなトミ子の一生涯のお願いです。
女車掌なんかになってはいけません。――さよなら――
火星の女
県立高女の怪事[#「県立高女の怪事」は2段階大きな文字]
ミス黒焦事件[#「ミス黒焦事件」は1段階大さな文字]
噂は噂を生んで迷宮へ
本日記事解禁[#「本日記事解禁」は罫囲み]
去る三月二十六日午前二時ごろ、市内大通六丁目、県立高等女学校内、運動場の一隅に在る物置の廃屋《あばらや》より発火し、折柄の烈風に煽《あお》られ大事に致らむとする処を、市消防署長以下の敏速なる活躍により、同廃屋を全焼したるのみにて校舎には何等の損害なく消止め、一同|安堵《あんど》の胸を撫下《なでおろ》した事は既報の通りである。然るにそれから間もない二十六日の早暁に到り、その焼跡から、男女の区別さえ鑑別出来ない真黒焦の屍体が発掘されたため、又々大騒ぎとなった事実がある。しかも該屍体を大学に於て解剖に付した結果、二十歳前後の少女の屍体にして、特に腰部の燃焼十分なるような燃料を配置したる形跡あり。その結果、警察側にては色情関係の殺人放火事件と見込を付け、容易ならぬ事件と認め、右に関する記事の掲載を差止め、極度の緊張裡に厳重なる調査を開始したが、爾後《じご》一週間に到るも犯人は勿論、当該屍体の身元すら判明せず。噂《うわさ》は噂を生んで既に迷宮入りを伝えられ、必死の努力を続行中なる司法当局の威信さえも疑われむとする状態に立到っていたが、その後、当局にては何等か見る処があるらしく、今《こん》一日、突然に右記事を解禁するに到った。これは当局に於て、動かすベからざる重大な端緒を掴《つか》んだ証左と考えられ、従って右事件の真相が社会に公表されるのも遠い将来ではないと信じ得べき理由がある。
他殺放火の疑い十分[#「他殺放火の疑い十分」は2段階大きな文字]
但、例の放火魔では無いらし[#「但、例の放火魔では無いらし」は1段階大きな文字]
右事件は依然として当局の調査続行中のため、今も尚、一切を秘密に付せられているが、事件発生直後本社の探聞し得たる処によれば、現場、県立高女の物置|廃屋《あばらや》は、平生何人も出入せず、且《かつ》、火気に遠隔《えんかく》した処なるを以て、放火の疑い十分ではあるが、校舎そのものの焼却を目的とする例の放火魔とは全然、手口が違っている。且、現場には硝子《ガラス》瓶ようのものの破片散乱せるも、同所が元来物置小舎なりしため、服毒用の瓶等とは速断し難い。また焼死体の血液採取が不可能な結果、抗毒素、一酸化炭素等の有無《うむ》も判明せず、従ってその処女なるや否や、又は過失の焼死なるや否やも決定し難い模様であるが、しかし現場の状況、及、屍体の外観等より察して他殺の疑いは依然として動かず。既報の通り色情関係の結果、演出された悲惨事《ひさんじ》ではないかと疑わるる節も多い。尚同校は去る三月十九日以来春季休暇中の事とて、寄宿舎には残留生徒一名もなく、泊込の小使老夫婦、及、当夜の宿直員にも一応の取調は行われたけれども怪しむべき点なく、さりとて変態性欲的な浮浪者が、高き混凝土《コンクリート》塀《べい》を繞《めぐ》らしたる同校構内に校外の少女を同伴し来るが如きは可能性の少ない一片の想像に過ぎず。且、その形跡もない事が認められている。尚、右記事の解禁後は捜索の方針が全然一変するらしいから、或《あるい》は意外の方向から意外の真相が暴露されるかも知れない。
焼失した物置は[#「焼失した物置は」は1段階大きな文字]
以前の作法教室
校長は引責謹慎中
因《ちなみ》に焼失したる県立高女の廃屋《あばらや》は純日本建、二階造の四|室《ま》で、市内唯一の藁葺《わらぶき》屋根として同校の運動場、弓術道場の背後、高き防火壁を繞《めぐ》らしたる一隅に在り。嘗《かつ》て同校設置の際、取毀《とりこわ》されたる民家のうち、校長|森栖《もりす》氏の意見により、同校生徒の作法|稽古場《けいこば》として取残されたものであるが、その後、同校の正門内に卒業生の寄付に係る作法実習用の茶室が竣工《しゅんこう》したため、自然不要に帰し、火災直前までは物置として保存されおり、階上階下には運動会用具その他、古|黒板《こくばん》、古|洋燈《ランプ》、空瓶、古バケツ、古籐椅子等が雑然として山積されていた。その階下に屍体を横たえて放火したものらしく、しかも火勢が非常に猛烈であったため、腹部以下の筋肉繊維は全然、黒き毛糸
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