ょうが、犯罪を構成しないから吾々の手にかからないのでしょうな」
「それともモット虚構《うそ》が上手なのか……」
「それもありましょう。つまり一種の妄想狂とでも言うのでしょうな。自分の実家が巨万の富豪で、自分が天才的の看護婦で、絶世の美人で、どんな男でも自分の魅力に参らない者はない。いろんな地位あり名望ある人々から、直ぐにどうかされてしまう……と言う事を事実であるかのように妄想して、その妄想を他人に信じさせるのを何よりの楽しみにしている種類の女でしょうな。一昨夜のお話に出た、子供を生んだという事実なんかも、彼女自身の口から出たものとすれば事実じゃないかも知れませんね。事によると彼女はまだ処女かも知れませんぜ……ハッハッ……」
「アハハハハ。イヤ。非道《ひど》い目に会いました。どうかよろしく……」
「さようなら……」 
 そう言って別れた帰りがけに私は、彼女の身元引受人になっている下谷の伯母の処へ電報を打った。世にも馬鹿馬鹿しい長たらしい夢から醒めたように思いながら……それでも彼女の伯母さんなる人物が、真実《ほんとう》にいるのか知らんと疑いながら……。

 彼女の伯母さんと言う髪結い職の婦人は、早くもその日の夕方にノコノコと私の自宅へ遣って来た。赤々と肥った四十恰好の、見るからに元気そうな櫛巻頭に小ザッパリとした木綿《もめん》着物で、挨拶をする精力的な声が、近所近辺に鳴り響いた。
「……まああ……呆れた娘《こ》ですわねえ。ほんとに……いいえ。私はあの娘の伯母でも何でもないんですよ。これでもお江戸のまん中あたりで生まれたんですからね。へへへ……あたしが先立って、あの大学の耳鼻科に入って脳膜炎の手術をして頂いた時に、あの娘さんに親身も及ばぬくらい世話になったもんですからね。それが縁になってツイ転がり込まれちゃったんですの。伯母さん伯母さんて懐《なつ》かれるもんですから、仕方なしに身元引受人になっているんですがね。……いいえ。それがねえ。あの娘がいつまでもいつまでも私の家にいると近所の若い者が五月蠅《うるさ》くて困るんですよ。あの娘はホントに何て言うんでしょうねえ。妙な娘で御座んしてね。私の家に来てから二、三日と経たないうちに近所の若い衆からワイワイ騒がれるんですからね。まるで魔法使いみたいなんですよ。ですから、早く何処かへ行って頂戴。引受人にでも何でもなったげるからってね。そう言って追い出したんですけど……」
 そんな事をペラペラ喋舌《しゃべ》り立てる片手間に、彼女は足袋《たび》の塵を払い払い台所口からサッサと茶の間に上り込んで来た。そこで彼女は旧式の小さな煙草|容器《いれ》を出して、細い銀|煙管《ぎせる》を構えながら一段と声を落して眼を丸くした。私がすすめた煙草盆に一礼しながら……大変な身元引受人が出て来たのに驚いている私等三人の顔を交る交る見比べた。
「その若い衆で思い出したんですけどね。あの娘《こ》は何でもこの間っから、東京中の新聞に大きく出た『謎の女』ってね……御存じでしょう。あの本人らしいんですよ。コレくらいの悪戯《いたずら》なら妾だって出来るわ……ってね。あの娘が若い衆にオダテられてウッカリ喋舌ったって言うんですの。それからミンナが面白半分にわいわい言って、いろいろ問い訊《ただ》してみると、どうも本人らしいので皆、気味が悪くなったんですって。あの娘が出て行ったアトで私に告口した者がいるんですよ。……ですからそう言われると私も気味が悪くなっちゃいましてね。あの娘が仕事を探しに行った留守に、預けて行った手廻りの包みの中を調べてみたら、どうでしょう。新しい小さな紙挾みの中に、あの『謎の女』の新聞記事が、幾通りも幾通りも切り抜いて仕舞って在るじゃあありませんか……いいえ。ほかの記事は一つもないんですよ。わたくしゾッとしちゃいましてね。今にドンナ尻を持ち込まれるかと思ってビクビクしていたんですよ。でもまあソレぐらいの事ですんでよござんした。ええ、ええ、引き取って参りますとも……エエ、エエ、なるたけ眼に立たないように呼び出してソッと連れて参ります。モウモウあんな風来坊の宿請《やどうけ》は致しません。マゴマゴすると身代限りをしてしまいます。……兄貴なんかいるもんですか。みんな嘘ッ八ですよ。……お宅様も災難で御座んしたわねえ。いくらかお金を遣って故郷へ帰したら後生の悪い事も御座んすまいし、怨まれる気遣いも御座んすまい。どうもお気の毒様で御座んした。一人で喋舌りまして相すみません。とんだお邪魔を致しまして……ハイ。さようなら……」
 彼女は約束通り人知れずユリ子を呼び出して連れて行ったらしい。姫草ユリ子はその夕方から私達には勿論のこと、一緒にいる看護婦たちにも気付かれないまま姿を消してしまった。そうして冒頭に書いた彼女の遺書以外に、彼女から
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