のままこの事を姉と妻に話して聞かせると、二人もまたいい気なもので凱歌を揚げて喜んだ。
「ソレ御覧なさい。言わない事じゃない」
「言わない事じゃないって、馬鹿……何とも言やしないじゃないか。最初から……」
「いいえ。私そう思ったのよ。姫草さんに限って赤なんかじゃないと思ったんですけど、貴方が余計な事をなさるもんだから……」
「何が余計な事だ。些《すくな》くとも姫草が虚構吐きだった事がハッキリわかったじゃないか……」
「でもまあよかったわねえ。何でもなくて……タッタ今お姉様とお話していたのよ。姫草さんが万一無事に帰って来たら、暇を出そうか出すまいかってね。いろいろ話し合ってみた揚句、いくら何でも可哀相ですから、貴方にお願いして置いて頂こうじゃないのって……そう言っていたとこよ。……まあ。よかったわねえ。うちのマスコット……私たち二人で直ぐに迎えに行って来ますわ。ね……いいでしょう」
二人はそれから威勢よく自動車《ハイヤ》に乗って出かけた。私に朝飯を喰わせる事も忘れたまま……。
ユリ子は留置所の前の廊下で姉の胸に取り縋《すが》ったそうである。五つ六つの子供のように、
「もうしません、もうしません、もうしません」
と泣き叫んで身もだえするので二人ながら弱ったそうであるが、それほどに取り調べが峻烈だったかと思うと、姉も妻も暗涙を催したと言う。
それから三人一緒に自動車で帰って来たが、ユリ子の襟首からは昨日の朝のお化粧がアトカタもなく消え失せていたので、姉と妻とで湯に入れて遣ったり、下着を着かえさせたりして、まるで死んだ人間が生き返ったような騒ぎをした後に、やっと私と一緒に朝の食事にありつかせたが、ユリ子はただ、
「すみません、すみません」
と繰り返し繰り返し泣くばっかりで飯もロクロク咽喉《のど》に通らないようであった。
ところが彼女……姫草ユリ子……もしくは堀ユミ子の性格は、どこまで奇妙不可思議に出来上っているのであろう。
わざわざ出勤を遅らせた私が、玄関横の客間に彼女を坐らせていろいろ取り調べの模様を聞いてみると……どうであろう。その取り調べの内容なるものが実に意外にもビックリにも、お話にならないのであった。
スッカリ化《ばけ》の皮を剥《は》がれてしまって、見る影もなく悄然《しょんぼり》となった彼女の、涙ながらの話によると、伊勢崎署に於ける警官諸君の、彼女に
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