したので、臼杵君も開業|※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》赤の縄付を出したとあっては……」
「アハハ。いかにも御尤《ごもっと》もですな。それじゃこう願えますまいか。明朝なるべく早くがいいですな。何かしら絶対に間違いのない用事をこしらえてその娘を外出させて下さいませんか。行先がわかっておれば尚更結構ですが」
「……承知しました。それじゃこうしましょう。僕が南洋土産の巨大《おおき》な擬金剛石《アレキサンドリア》を一|個《つ》持っております。姉も妻もアレキサンドリアが嫌いなので、始末に困っておるのですが、それをあの娘に与《や》って、直ぐに指環に仕立るように命じて伊勢崎町の松山宝石店に遣りましょう。遅くとも九時から十時までの間には、出かける事と思いますが……十時頃から忙しくなって来ますから」
「結構です。しかし近頃の赤はナカナカ敏感ですから、よほど御用心なさらないと……」
「大丈夫と思います。今夜、ここへ伺った事は誰も知りませんし……それに妻《かない》がズット前、姫草に指環を一つ買って遣るって言った事があるそうですから……」
「成る程ね。それじゃソンナ都合に……」
「承知しました。どうも遅くまで……」
そんな次第で私はその晩とうとう睡眠薬を服《の》まなければ睡られないような惨憺《さんたん》たる神経状態に陥ったが、後で聞いてみたら姉と妻も同様であったと言う。私から委細の話を聞いた二人は、夜が明けると直ぐに姫草ユリ子の可憐な肩の上に落ちかかるであろう恐ろしい運命が、如何に止むを得ない、同時に恐ろしいものであるかを想像しながら昂奮の余り、ロクロク睡らずに夜を明かしたそうである。松子はウトウトしたかと思うと高手小手《たかてこて》に縛り上げられて病院を引摺《ひきず》り出される姫草ユリ子の姿をアリアリと見たりしてゾッとして眼が醒めたという。姉なぞは御丁寧にも、絞首台にブラ下っている彼女の死に顔までマザマザと見届けて、何度も何度も魘《うな》されながら松子にユリ起されたと言うから相当なものであろう。
それでも夜が明けてからの計画は百パーセントに都合よく運んだ。妻の松子が何喰わぬ顔で病院に来ると直ぐに、姫草看護婦をソッと薬局に呼び込んで、大粒のアレキサンドリアを彼女の手に握らせた態度はきわめて自然なものであった。さすがのユリ子も毛頭疑う様子もなく、衷心から嬉しそう
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