いか。何だって俺んとこへ、そんなに早く知らせたんだろう」
「だって先生。この間のお手紙に、今度の庚戌会で是非会うって、お約束なすったでしょう」
「ウン。あの手紙を見たのかい」
「あら。見やしませんわ。ですけどね。今度の庚戌会は大会なんでしょう。明治節ですから……」
「ふうん。僕は知らなかったよ」
「あら。この間、案内状が来てたじゃございません」
「知らないよ。見なかったよ。どんな内容だい」
「何でもね。今度の庚戌会は、ちょうど明治節だから久し振りの大会にするから東京市外の病院の方々も参加を申し込んで頂きたいって書いてありましたわ。あの案内状どこへ行ったんでしょう」
「ふうん。そいつは面白そうだね。会費はイクラだい」
「たしか十円と思いましたが……」
「高価《たけ》えなあ」
「オホホ。でも幹事の白鷹先生から、臼杵先生に是非御出席下さいってペン字で添書がして在りましたわ」
「ふうん。行ってみるかな」
「あたし、先生がキットいらっしゃると思いましたからね。それから後お電話で白鷹先生に、今度こそ間違ってはいけませんよって念を押したら、ウン。臼杵君からも手紙が来た。おまけに幹事を引き受けたんだから今度こそは金輪際《こんりんざい》、ドンナ事があっても行くって仰言ったんですの。そうしたらまたきょうの騒ぎでしょう。あたし口惜《くや》しくて口惜しくて……」
「馬鹿、そんな事を口惜しがる奴があるか。何にしてもお気の毒な事だ。いい序《ついで》と言っちゃ悪いが、お見舞いに行って来て遣《や》ろう」
「まあ先生。今から直ぐに……?」
「うん。直ぐにでもいいが……」
「でも先生。アデノイドの新患者が三人も来ているんですよ」
「フーム。どうしてわかるんだい。鼻咽腔肥大《アデノイド》ってことが……」
「ホホ。あたし、ちょっと先生の真似をしてみたんですの。患者さんの訴えを聞いてから、口を開けさせてチョット鼻の奥の方へ指先を当ててみると直ぐに肥大《アデノイド》が指に触るんですもの」
「馬鹿……余計な真似をするんじゃない」
「……でも患者さんが手術の事を心配してアンマリくどくど聞くもんですから……そうしたら三人目の一番小ちゃい子供の肥大《アデノイド》に指が触ったと思ったら突然《いきなり》、喰付かれたんですの……コンナニ……」
と付根の処を繃帯した左手の中指を出して見せた。
「……見ろ。これからソンナ出裟
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