くなった時とは正反対に、勇気が百倍して来たように思いました。

 その晩のフィルムの現像は百パーセントに都合よく行きました。小さいフィルムではありますが、浅ましい姿の三人の男性と五人の女性がビックリしてこちらを向いておる光景が、とてもハッキリと感じておりまして、引き伸ばしてみる迄もありませんでしたので、こんな事ならば、あんなに骨を折って、帽子だの花簪だのを後日の証拠に奪い取るような冒険をしなくともよかったのにと、一人で可笑しくなってしまいました。そうしてその晩から翌る日の正午近くまで私は、大満足のうちに骨を休めました。
 きょうの正午《おひる》過ぎに起き上りました私は、直ぐに全速力でこの手紙を書き始めました。こんなに長い手紙を三通も書いておりますうちには真夜中になるか、もしかすると夜が明けてしまうかも知れませんが、それでも私は構いません。夜の明けないうちに昨夜の写真を焼き付けて三、四枚ずつ、手紙の中に入れられるようにして置きます。
 私はこの手紙を三通とも別々の宛名の封筒に入れて、お頼みした通りの順序に出して下さるように書添えたものを同封にして、明二十六日の晩、町中が寝鎮まっている時刻に、愛子さんのお宅の郵便受|筥《ばこ》に入れて置きます。
 それからズット以前に、学校の化学教室から盗んで置きました××××と脱脂綿と、昨日買って置きました△△△△と△△△とを持って、あの母校の思い出の廃屋《あばらや》に忍び込みます。
 あそこに積んで在る藁《わら》と、竹と、紙ずくめの運動会用具を積み重ねて、△△△△を振りかけます。それから裸蝋燭を△△△△に濡れた畳の上にジカに置いて、二十分もしたらそこいら中が火の海になるようにして置きます。それから××××をタップリと浸した綿で顔を蔽《おお》うて、積み重ねた燃料の下に潜り込むつもりです。私は揮発油を嗅いでも、すぐにフラフラになる性分ですから××××を沢山《たくさん》に嗅いだら、まだ火事にならないうちに麻酔し過ぎて、ほんとうに死んでしまうかも知れません。
 森栖校長先生……。
 私はこうして貴方から女にして頂いた御恩をお返し致します。それと一緒に、私の愛する心からの愛人、殿宮アイ子さんに、ほんとうの意味の親孝行をさせて上げたいのです。私はこうして、すべてを清算しなければ、モトの虚無に帰る事が出来ないのです。
 どうぞ火星の女の置土産、黒
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