したように、ずっと以前から校長先生のいろいろな悪徳の巣になっているのでした。校長先生が模範教育家としての体面をあらゆる方面に保たれながら、その裏面に、いろいろなお金や女性たちに対して、想像も及ばない悪知恵を働かしてお出でになるためには、あの廃屋が是非とも必要なのでした。……ですから校長先生は、どうしてもあの廃屋を取り毀《こわ》すことをお好みにならなかったのでしょう。「藁《わら》屋根は防火上危険だから」と言って、警察から八釜《やかま》しく言って来ても、物置の建築費がないからと言って、県の当局の方を長いことお困らせになったのでしょう。
そんな因縁の深い、悪徳の巣の中とは夢にも知らないで、毎日毎日修養に来ておりました私の愚かさ……その私のグラグラの籐椅子の下から間もなく、どんな悪魔の羽ばたきが聞こえて来ましたことか。そうしてその悪魔の羽ばたきは私を、逃げようにも逃げられないこの世の地獄の中へ、どんなに無慈悲にタタキ落して行きましたことか……。こんなに黒焦になってでも清算しなければ清算し切れないほどの責め苦の中へ、私を追い込んで行きました事か……。
その羽ばたきの主は、真黒い毛だらけの熊みたような校長先生と、眼も口もない真白な頭を今一つ背中に取付けておられる川村書記さん……それから今一人、後から出てお出でになる虎間トラ子先生……ヨークシャ豚のように醜いデブちゃん……私たちの英語の先生……この三人があの廃屋に人知れず巣喰っていた悪魔なのでした。
あの廃屋の二階を、私が大切な瞑想《めいそう》の道場としている事を夢にも御存じない校長先生と、傴僂《せむし》の老人の川村書記さんとは、いつも学期末の近付いた放課後になると、職員便所の横のカンナの葉蔭から、通行禁止の弓道場の板囲いの蔭伝いに仲よく連立って、コッソリと入って来られるのでした。そうして私の寝ている籐椅子の直ぐ真下の、八畳敷のゴミクタの中に坐って、いろいろな事を御相談なさるのでした。あんまり度々校内に居残って書記さんと密談なんかなさると、居残りや宿直の先生たちに妙な意味で見咎《みとが》められるかも知れないし、学校の外でも世間の人目がうるさいと言ったようなデリケートな教育家の立場をよく御存じの校長先生に取って、あの廃屋は何と言う便利この上もない密談の場所でしたろう。
二階と違って階下は、破れたなりに硝子戸と雨戸が二重に閉
前へ
次へ
全113ページ中84ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング