た。御自分たちの御|綺倆《きりょう》と、学校の成績ばかりを一所懸命に争ってお出でになる方には、私が何となく劣等な、片輪者のように思われたのでしょう。私とお話なさるのを一種の恥辱か何ぞのように考えておられるようでしたが、それでも対抗のテニス、バレーボール、ランニングなぞが近付いて来ますと、先生も級友も、上級の生徒さんまでもが皆、私の周囲《まわり》に寄ってたかってチヤホヤされるのでした。私を神様か何ぞのように大切にかけて、生卵や果物なぞを特別に沢山《たくさん》下すって御機嫌を取りながら、否応なしに競技に引っぱり出されるのでした。私がノッポの、醜い姿を恥かしがっている気持なんかチットも察せずに……貴女は全校の名誉です……とか何とか繰り返し繰り返し言われるのでした。
けれどもその競技がすんだあくる日になりますと、最早、誰一人私を見向いて下さらないのでした。私という生徒がいたことすらも忘れておられるかのように遠|退《の》いてしまわれるのでした。
私は私が他校の選手と闘ってグングン相手を圧倒したり、引き離したりして行きます時に、手をたたいて狂喜される先生や生徒さん達の声からまでも、たまらない程の侮辱を感ずるようになって来ました。私は便所の中で下級生の人達がコンナ会話をしているのを聞きました。
「スゴイわねえ火星さん」
「まあ……誰のこと……火星さんて……」
「あら……御存じないの。甘川歌枝さんの事よ。あれは火星から来た女だ。だから世界中のドンナ選手が来たって勝てるはずはないんだって、校長先生が仰言ったのよ。だから皆、この間っから火星さん火星さん言ってんのよ」
「まあヒドイ校長先生……でも巧い綽名《あだな》だわねえ。甘川さんのあのグロテスクな感じがよく出てるわ」
それでも気の弱い私は又も、欺《だま》されたり持ち上げられたりして、年に何度かの競技に引張り出されるのでした。心のうちにある冷たい空虚を感じながら……。
学校の運動場のズット向うの、高い防火壁に囲まれた片隅に、物置小舎になっている廃屋《あばらや》があります。モトは学校の作法教室だったそうですが、今では壁も瓦も落ちて、ペンペン草が一パイに生えて、柱も階段も白蟻《しろあり》に喰われて、畳が落し穴みたいにブクブクになっております。
私は課業の休みの時間になりますと、よく便所の背面《うしろ》から弓の道場の板囲いの蔭に隠れ
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