ックリさせてみたくなったのです。女性のための五・一五事件を起して、この世界が男性のためばかりの世界でない事を思い知らせてみたくなったのです。
 ことに先生のような男性の悪徳の代表者みたいな方が、模範教育家として、千人に近い若い女性を指導して行かれると言うような事は、日本に生まれた私に取ってトテモ堪えられない事なのです。
 私がドンナ生い立ちの、どんな思想を持った女だったか、校長先生は御存じでしたか知ら……。校長先生のお手がちょっと私に触れましただけで、間もなく黒焦になって校長先生を呪咀《のろ》わなければならなくなった私の、深刻な運命のお話をお聞きになりましても、校長先生は真実《ほんとう》に心からビックリなさいますか知ら。御自分たち……男性にだけ御都合のいい道徳観念と、そんなような常識ばかりを発達さしておられる日本の男性の方に、火星の女の使命が、おわかりになりますか知ら……。
 でも私は説明しなければなりません。さもないと私の致しました事を、つまらない感情の爆発から来た、一時的のお芝居ぐらいに思って軽蔑なさるといけませんから……。私は、私の黒焦死体の呪咀《のろい》がどんなに真剣な気持のものですか……私たちの怨《うら》みの内容が、どんなに深刻な、残虐《ざんぎゃく》無道な校長先生のなさり方に対する反抗であるかを、この手紙で証明しなければなりません。
 火星の女の名誉のために……。
 そうして黒焦少女の誓いのために……。

 私は小さい時からノッポと呼ばれておりました。今の母が生みました腹違いの妹が二人ありますが、二人とも普通の背恰好の女ですのに、どうして私ばかりがコンナ身体に生まれ付きましたのか不思議でなりません。もっとも実父の話によりますと、私が生まれました当時は六百|匁《め》あるかなしの、普通よりもズット小さな、月足らずみたような虚弱な赤ん坊だったと申しますが、それが五ツ六ツの頃からグングン伸び始めました。初めて小学校へ入りました時にチャプリン鬚《ひげ》の受持の先生が私を見て思わず、
「ホオ――。大きいなあア――」
 と笑われましたが、私は子供ながらそのチャプリン鬚の先生の笑い顔に一種の恥辱を感じました。私が、私自身に就いて恥辱を感じましたのはこの時が初めてだったと思います。
 私はそれから後、いろいろな意味で、こうした恥辱を受け続けて参りました。
 その小学校の校長
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