一緒になれるでしょう。
 ですけど女車掌になると、そんな幸福を最初からアキラメていなければならないのです。会社の重役さんとか、役員さんとか、自動車係りの巡査さんの言う事は、どんなにイヤな事でもおとなしく聞いて置かないと、直ぐに首になるのです。何とかカントかナンクセを付けて追い出されてしまうのです。私みたいに身よりタヨリのない孤児《みなしご》の女はなおさら、そうなのです。ですから賢い人はなるたけお白粉を塗らないようにして給料の上らないのは覚悟の前で、眼に立たないように、影にまわってばっかり働いているのです。その馬鹿馬鹿しい息苦しさったらないのですよ。
 そうして、そればっかりじゃないのよ。
 あたし御存じの通り親も兄弟もない孤児ですから、女給にでも交換手にでも何でもなれるんでしたけど、女運転手が勇カンでスタイルがいいと思って、そのお稽古のつもりで女車掌になったんですけど……望み通りに運転手になって、お金を儲けたって、それから先は何の目的もないんですからねえ。孝行をする親も、可愛がる弟もないんですからねえ。つまんないわ。毎日毎日、何の目的《めあて》も楽しみもないカラッポの世の中を、切れるような風に吹かれたり、ゴミダラケの太陽に焼かれたりして、生命《いのち》がけで駈けずりまわるようなもんよ。酔ったお客にヒヤカサレたり、コワイ巡査に手を握られたり、キザな運転手に突っつかれたりするたんびに、心の底の底まで淋しくて、悲しくて、つまらなくなる商売よ。ウント速力を出した時、何かに行き当ってメチャメチャになってくれるといいと、ソンナ事ばっかし考えさせられる商売よ。
 ごめんなさいね。貴女のおためを思えばこそホントの事を言うんですから、怒らないで頂戴ね。そればっかしじゃないのよ。
 モットモット恐ろしい事があるのよ。
 この先に入れといた月川|艶子《つやこ》さんのお手紙を読んでちょうだい。文句をソックリその通りに写して置きましたから。
 この手紙は妾の大事な手紙です。恐ろしい殺人事件の秘密のショウコになるかも知れない手紙ですから、このまんま貴女に上げるわけに行かないのです。そのわけもお読みになればわかるわ。
 月川ツヤ子さんは妾の小学校の同級生なの。お父さんと一緒に浜松のベンキョウ・バス会社で、あたしと同じに女車掌をつとめている人よ。今年十九。身体《からだ》は小さいけど、とてもシャンな
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