そう言って追い出したんですけど……」
そんな事をペラペラ喋舌《しゃべ》り立てる片手間に、彼女は足袋《たび》の塵を払い払い台所口からサッサと茶の間に上り込んで来た。そこで彼女は旧式の小さな煙草|容器《いれ》を出して、細い銀|煙管《ぎせる》を構えながら一段と声を落して眼を丸くした。私がすすめた煙草盆に一礼しながら……大変な身元引受人が出て来たのに驚いている私等三人の顔を交る交る見比べた。
「その若い衆で思い出したんですけどね。あの娘《こ》は何でもこの間っから、東京中の新聞に大きく出た『謎の女』ってね……御存じでしょう。あの本人らしいんですよ。コレくらいの悪戯《いたずら》なら妾だって出来るわ……ってね。あの娘が若い衆にオダテられてウッカリ喋舌ったって言うんですの。それからミンナが面白半分にわいわい言って、いろいろ問い訊《ただ》してみると、どうも本人らしいので皆、気味が悪くなったんですって。あの娘が出て行ったアトで私に告口した者がいるんですよ。……ですからそう言われると私も気味が悪くなっちゃいましてね。あの娘が仕事を探しに行った留守に、預けて行った手廻りの包みの中を調べてみたら、どうでしょう。新しい小さな紙挾みの中に、あの『謎の女』の新聞記事が、幾通りも幾通りも切り抜いて仕舞って在るじゃあありませんか……いいえ。ほかの記事は一つもないんですよ。わたくしゾッとしちゃいましてね。今にドンナ尻を持ち込まれるかと思ってビクビクしていたんですよ。でもまあソレぐらいの事ですんでよござんした。ええ、ええ、引き取って参りますとも……エエ、エエ、なるたけ眼に立たないように呼び出してソッと連れて参ります。モウモウあんな風来坊の宿請《やどうけ》は致しません。マゴマゴすると身代限りをしてしまいます。……兄貴なんかいるもんですか。みんな嘘ッ八ですよ。……お宅様も災難で御座んしたわねえ。いくらかお金を遣って故郷へ帰したら後生の悪い事も御座んすまいし、怨まれる気遣いも御座んすまい。どうもお気の毒様で御座んした。一人で喋舌りまして相すみません。とんだお邪魔を致しまして……ハイ。さようなら……」
彼女は約束通り人知れずユリ子を呼び出して連れて行ったらしい。姫草ユリ子はその夕方から私達には勿論のこと、一緒にいる看護婦たちにも気付かれないまま姿を消してしまった。そうして冒頭に書いた彼女の遺書以外に、彼女から
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