ドコだったけね」
 女は両腕に抱えた十余枚の洗い立ての浴衣の向うから愛想よく一礼した。
「ホホ。何番さんでいらっしゃいますか」
「それが何番だったか……あんまり家が広いもんだから降りて来た階段を忘れちゃったんだ。八時五十四分の汽車で着いた四人連れの部屋だがね」
「ホホ。あの東京のお客様でしょ。ツイ今さっき……十時頃お出でになった。お一人はヘルメットを召した……」
「ウン。それだそれだ……」
「あ……それなら向うの突当りの梯子段《はしごだん》をお上りになると、直ぐ左側のお部屋で御座います。十二番と十三番のお二間になっております」
「……ありがとう……」
 教えられた通りに青年は二階へ上った。部屋の番号をチョット見上げながら静かに障子を開いた。
「アレ。寝てやがる。暢気《のんき》な奴等だ」
 電灯を消した八畳と十畳の二間をブッ通して寝床が五つ、一列に取ってある。その中央の一つだけがまだ寝具をたたんだままで、アトは四人の人間が皆、頭から布団を引冠ってスースーと眠っている様子である。廊下から映して来る薄明りに、向うの枕元の火鉢から立ち昇る吸殻《すいがら》の烟《けむり》が見える。
 八畳の間の違棚の下にならんでいる四人分の洋服と、違棚の上に二つ三つ並んだ鞄と、その右手の壁に架け並べてある四ツの帽子を見まわした青年は、ヤッと安心したらしくホットタメ息をした。何の気もなく中央の自分の寝床の上に近づいて枕の前にドカリと音を立てて坐った。一時に疲れが出たらしく、両手をベッタリとシーツの上に突くと、声をひそめて力強く呼んだ。
「オイ。皆起きろ。ズキがまわったぞ……」
 左右の寝床の中の寝息がピタリと止まったようであった。同時にクスクスと笑うような声が何処からか聞こえてきた。
 その声を聞くと同時に青年はハッと膝を立てて身構えた。稲妻のように飛び上って頭の上の電灯のスイッチをひねった。今一度左右の寝姿を見まわした。
 トタンに……それをキッカケにしたように四つの夜具が一斉に跳ね返された。……アッ……という間もなく立ち上りかけた青年の上に八ツの逞《たくま》しい手が折重なって、グルグル巻に縛り上げられた……と思う間もなく夜具の上にコロコロと蹴返された。
「ウーム」
 縛られたまま敷布団の上に起き直った青年は、ポマードだらけの毛髪を振り乱したまま真青になって自分の周囲を見まわした。自分を見下し
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