クリと拭い上げた。
「ホントニ……下さる……」
「ええ、ええ。差し上げると申しましたら、必ず差し上げますわ。わたくしも新張眉香子です……ですけど、貴方《あなた》ホントにエチオピアへいらっしゃるおつもり?」
「エッ……何故ですか」
「何故ってホントにいらっしゃるおつもりなら差し上げますわ。何でもない事ですから……イクラでも……わたくしモトからエチオピア贔屓《びいき》ですから。私が男子《おとこ》なら自分で行きたいくらいに思っているんですからね」
「……ホ……ホントに……行くのです」
 青年の瞳が熱意に輝いた。
 眉香子の眼も同じ程度の熱意を輝き返した。青んじた襟足でしなやかに一つうなずいて見せながら、椅子の中から乗り出した。
「お尋ねさして下さいましね。どうしてソンナ事をお思い立ちになったんですの? 貴方お一人?……お仲間は?……」
 青年はギクンとしたらしいが、やがてまた、冷やかに笑ってみせた。やっと度胸がきまったらしく、ソッと溜息をした。
「むろん僕一人じゃありません。十二人ばかりの同志があります」
「まあ十二人……大変ですわねえ。そんなに大勢でエチオピアまでお出でが出来ますかしら。第一危険な爆薬《マイト》なんかお持ちになって、内地を脱け出すようなことがお出来になりまして?……万一のことがありますと、わたくしの方でも困りますがねえ。何処から出た爆薬《ハコ》だってことは直ぐに番号でわかるんですからねえ」
 青年は深々と念入りにうなずいた。それくらいの事は百々心得ているという風に……それから眼の前の冷たくなった紅茶に、角砂糖を二つとも沈めた。
「その点は決して御心配に及びません。こうなれば隠す必要がありませんから白状致しますが、実を申しますと吾々同志の中でも五人だけは政府の役人が混っているんです」
「まあ政府のお役人が……どうして……」
「こうなんです。お聞き下さい。吾々十二人は皆、東京の政治結社、東亜会から学費を貰って学校を卒業させて貰った者ばかりですが、その中で五人は皆、政府嘱託の軍事探偵になって、主としてアフガニスタン、ベルジスタン、ペルシア、アラビア方面からスエズ、東アフリカ方面の状態を探っていたものです。もっとも私はこの二、三年、ポートサイドの雑貨店で働きまして連絡係をやっていたものですが」
「まあ。そんな処まで日本政府の手が行き届いておりますかねえ」
「ええ
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