なか》に突然、一知青年が自宅から本署へ拘引されて行ったので、村の人々は青天の霹靂《へきれき》のように仰天した。腎臓病の青膨れのまま駈着《かけつ》けて来た父親の乙束区長がオロオロしているマユミを捉《つかま》えて様子を訊《き》いてみたが薩張《さっぱ》り要領を得ない。仕方なしに山の中で兇器捜査に従事している草川巡査に縋《すが》り付いて、何とかして息子を救う方法は無いものかと泣きの涙で尋ねたが、これも腕を組んで、眼を閉じて、頭を左右に振るばかりである。もとより拘引の理由なぞを洩しそうな態度《ようす》ではないので、手も力も尽き果てた区長は大急ぎで町へ出て弁護士の家へお百度詣りを始めた。
一方に拘引された一知は全く驚いた顔をしていた。
厳重な取調を受けても一から十まで「知りませぬ」「わかりませぬ」の一点張りで、女のようにヒイヒイ哭《な》くばかりであった。その中《うち》に問題の藁切庖丁を売った店の番頭が呼出されて来て、一知の顔を見せられると、たしかにこの人に相違ないと明言し、当日持っていた蟇口《がまぐち》の恰好や、学生らしくない言葉癖まで思い出した立派な証言をして帰ったので、係官一同はホッと一息
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