薬は一粒飲むと一年、二粒飲むと十年、三粒飲むと百年、四粒飲むと千年、五粒飲むと一万年生き延びるのです。もし今日あなたのお祖父様《じいさま》が御病気になられて、この薬を飲みたいと云われたらどうなさいます。そうしてこの薬がないためにお祖父様《じいさま》が亡くなられたらどうなさいます。あなたはお祖父様《じいさま》のお命を取ったも同然ではありませんか。そんな大切なお薬を雀の生命を取るために使うなぞと、まあ何という乱暴な坊ちゃんでしょう。私はあなたのような方にこの薬をお返し申す訳に参りません」
 太郎さんは悪かったと思って、忽《たちま》ちワッと泣き出しました。泣きながら乞食に、
「何卒《どうぞ》どんな事でもしますから、その丸薬を返して下さい」
 と頼みましたが、乞食は意地悪く頭を左右に振るばかりです。
「イエイエ、御返しする訳には参りません。この薬は私が飲んでしまいます」
 と云う中《うち》に、乞食はその一粒をペロリと飲み込んでしまいました……と思うと、今までの乞食の汚い姿は見る間に変って、一人の立派な旅行商人《たびあきんど》の姿になりました。
 たった一粒の丸薬で乞食から急に旅行商人《たびあきんど》に変った姿を見ている太郎さんを見ながら、乞食の旅行商人《たびあきんど》はニッコリ笑いました。
「どうです、太郎さん、驚いたでしょう。私は一年前迄はこんな姿だったのです。こうして毎日毎日お薬を売って歩いたのです。売るお薬というのはたった五粒の丸薬で、名前を『若返り薬』というのでした。この薬を売って歩いて見ましたが、誰も本当にしてくれませんでした。
 その中《うち》にあなたのお祖父様《じいさま》ばかりは本当にして下さって、ねだんはいくらだとお尋ね下さいました。私が『一粒で一円、二粒で十円、三粒で百円、四粒で千円、五粒で一万円だ』と申しますと、『それではみんな買ってやるから、その中で一粒飲んで見ろ』と云うお話です。
 私は惜《おし》い事と思いましたが、一粒飲みますと見る間に一年分だけ若返りました。しかしお祖父様は『一年分だけ若返ったのではつまらぬから、今一粒飲んで十年分だけ若返って見せろ』と云う御注文です。
 私が御注文通りに十年程若返って御眼にかけると、お祖父《じい》さまはお喜びになって、『それではあと百年分を一万円で買おう』とおっしゃってお買い下すったのが残りの三粒でした。私はそれ
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