服を着ていたのですから……。
ところが、それがたった一夜の間に、こんな老人《としより》になってしまったのです。
詳しく申しますと、今年(大正七年)の、八月二十八日の午後九時から、翌日の午前五時までの間のこと、……距離で云えば、ドウスゴイ附近の原ッパの真中に在る一ツの森から、南へ僅《わず》か十二|露里《ろり》(約三里)の所に在る日本軍の前哨《ぜんしょう》まで、鉄道線路伝いによろめいて来る間のことです。そのあいだに今申しました……不可思議な「死後の恋」の神秘力は、私を魂のドン底まで苦しめてこんな老人《としより》にまで衰弱させてしまいました……。……どうです。このような事実を貴下《あなた》は信じて下さいますか。……ハラショ……あり得ると思われる……と仰言《おっしゃ》るのですね。オッチエニエ、ハラショ……有り難い有り難い。
ところで最前も一寸《ちょっと》申しました通り、私はモスコー生まれの貴族の一人息子で、革命の時に両親を喪《うしな》いましてから後《のち》、この浦塩へ参りますまでは、故意《わざ》と本名を匿《かく》しておったのですが、あまり威張れませんが生れ付き乱暴なことが嫌いで、むしろ戦
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