と云い云い相手の顔色を窺《うかが》っておりましたが、リヤトニコフの表情には何等の変調もあらわれませんでした。却《かえ》ってそんな名前をきくと安心したように、長い溜め息をしいしい顔を上げて涙を拭きますと、何かしら嬉しそうにうなずきながら、その宝石のサックを、又も内ポケットの底深く押し込みました。
 ……が……しかし……。私は決して、作り飾りを申しません。あなたに蔑《さげ》すまれるかも知れませんけど……こんなお話に嘘を交ぜると、何もかもわからなくなりますから正直に告白しますが……。
 手早く申しますと私は、事情の奈何《いかん》に拘わらず、その宝石が欲しくてたまらなくなったのです。私の血管の中に、先祖代々から流れ伝わっている宝石愛好慾が、リヤトニコフの宝石を見た瞬間から、見る見る松明《たいまつ》のように燃え上って来るのを、私はどうしても打ち消すことが出来なくなったのです。そうして「もしかすると今度の斥候《せっこう》旅行で、リヤトニコフが戦死しはしまいか」というような、頼りない予感から、是非とも一緒に出かけようという気持ちになってしまったのです。うっかりすると自分の生命《いのち》が危いこ
前へ 次へ
全41ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング