首肯されるのですが、……しかし最近の吾がロマノフ王家の宮廷内では、斯様《かよう》な秘密の存在が絶対に許されない事情があったのです。……すなわち、もしニコラス廃帝に、こんな皇子があったとすれば、仮令《たとえ》、どんなに困難な事情がありましょうとも、当然皇子として披露さるべき筈であることがその当時の国情から考えても、わかり切っているのでした。その国情というのはあらかた御存じでもありましょうし、この話の筋に必要でもありませんから略しますが、要するに、その当時のスラヴ民族は、上も下も一斉に、皇儲《こうちょ》の御誕生を渇望しておりましたので、甚しきに到っては、ビクトリア女皇の皇女《おうじょ》である皇后陛下の周囲に、独逸《ドイツ》の賄賂《まいない》を受けている者が居る。……皇子がお生れになる都度に圧殺している者が居る……というような馬鹿げた流言まで行われていたことを、私は祖父から聞いて記憶していたのです。
……ですから……こうした理由から推して、考えてみますと、現在私の眼の前に宝石のケースを持ったままうなだれて、白いハンケチを顔に当てている青年は、必ずや廃帝に最も親《ちか》しい、何々大公の中の、
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