ほのお》にユラユラと照らされているのです。
それはほかの屍体と違って、全身のどこにも銃弾のあとがなく、又虐殺された痕跡も見当りませんでした。唯その首の処をルパシカの白い紐で縛って、高い処に打ち込んだ銃剣に引っかけてあるだけでしたが、そのままにリヤトニコフは、左右の手足を正しくブラ下げて、両眼を大きく見開きながら、まともに私の顔を見下しているのです。
……その姿を見た時に私は、何だかわからない奇妙な叫び声をあげたように思います。……イヤイヤ。それは、その眼付が、怖ろしかったからではありません。
……リヤトニコフは女性だったのです。しかもその乳房は処女の乳房だったのです。
……ああ……これが叫ばずにおられましょうか。昏迷《こんめい》せずにおられましょうか。……ロマノフ、ホルスタイン、ゴットルブ家の真個《ほんとう》の末路……。
彼女……私は仮りにそう呼ばせて頂きます……彼女は、すこし後《おく》れて森に這入ったために生け捕りにされたものと見えます。そうして、その肉体は明らかに「強制的の結婚」によって蹂躙《じゅうりん》されていることが、その唇を隈取っている猿轡《さるぐつわ》の瘢痕《あと》でも察しられるのでした。のみならず、その両親の慈愛の賜《たまもの》である結婚費用……三十幾粒の宝石は、赤軍がよく持っている口径の大きい猟銃を使ったらしく、空包に籠《こ》めて、その下腹部に撃ち込んであるのでした。私が草原《くさはら》を匍《は》っているうちに耳にした二発の銃声は、その音だったのでしょう……そこの処の皮と肉が破れ開いて、内部《なか》から掌《てのひら》ほどの青白い臓腑がダラリと垂れ下っているその表面に血にまみれたダイヤ、紅玉《ルビー》、青玉《サファイヤ》、黄玉《トパーズ》の数々がキラキラと光りながら粘り付いておりました。
六
……お話というのはこれだけです。……「死後の恋」とはこの事をいうのです。
彼女は私を恋していたに違いありませぬ。そうして私と結婚したい考えで、大切な宝石を見せたものに違いないのです。……それを私が気付かなかったのです。宝石を見た一|刹那《せつな》から烈《はげ》しい貪慾に囚《とら》われていたために……ああ……愚かな私……。
けれども彼女の私に対する愛情はかわりませんでした。そうして自分の死ぬる間際に残した一念をもって、私をあの森まで招き寄せたのです。この宝石を私に与えるために……この宝石を霊媒として、私の魂と結び付きたいために……。
御覧なさい……この宝石を……。この黒いものは彼女の血と、弾薬の煤《すす》なのです。けれども、この中から光っているダイヤ特有の虹《にじ》の色を御覧なさい。青玉《サファイヤ》でも、紅玉《ルビー》でも、黄玉《トパーズ》でも本物の、しかも上等品でなくてはこの硬度と光りはない筈です。これはみんな私が、彼女の臓腑の中から探り取ったものです。彼女の恋に対する私の確信が私を勇気づけて、そのような戦慄すべき仕事を敢《あ》えてさしたのです。
……ところが……。
この街の人々はみんなこれを贋せ物だと云うのです。血は大方豚か犬の血だろうと云って笑うのです。私の話をまるっきり信じてくれないのです。そうして、彼女の「死後の恋」を冷笑するのです。
……けれども貴下《あなた》は、そんな事は仰言《おっしゃ》らぬでしょう。……ああ……本当にして下さる。信じて下さる、……ありがとう。ありがとう。サアお手を……握手をさして下さい……宇宙間に於ける最高の神秘「死後の恋」の存在はヤッパリ真実でした。私の信念は、あなたによって初めて裏書きされました。これでこそ乞食みたようになって、人々の冷笑を浴びつつ、この浦塩の町をさまよい歩いた甲斐《かい》がありました。
私の恋はもう、スッカリ満足してしまいました。
……ああ……こんな愉快なことはありませぬ。済みませぬがもう一杯乾盃させて下さい。そうしてこの宝石をみんな貴下《あなた》に捧げさして下さい。私の恋を満足させて下すったお礼です。私は恋だけで沢山です。その宝石の霊媒作用は今日《こんにち》只今完全にその使命を果たしたのです……。サアどうぞお受け取り下さい。
……エ……何故ですか……。ナゼお受け取りにならないのですか……。
この宝石を捧げる私の気持ちが、あなたには、おわかりにならないのですか。この宝石をあなたに捧げて……喜んで、満足して、酒を飲んで飲んで飲み抜いて死にたがっている私を可愛相《かわいそう》とはお思いにならないのですか……。
エッ……エエッ……私の話が本当らしくないって……。
……あ……貴下《あなた》もですか。……ああ……どうしよう……ま……待って下さい。逃げないで……ま……まだお話することが……ま、待って下さいッ……。
ああッ……
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